砕ける氷刃

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 ルリエ達を乗せた竜車を牽引する鎧のような甲殻を備えた橙の竜は、悠然と白い岩場を進み行き課せられた仕事を淡々とこなす。  港町ヒタキを出て九日、列車の駅があるイスカの街まで四日程の地点。竜車の隣を進むのは新たな仲間アルトが乗る彼女の愛竜マリィ。  闊歩するマリィが小さく唸ったのと合わせてアルトは空を見上げ、風向きが変わったのを感じ、マリィを前に進め竜車の手綱を握るユーカに声をかける。 「ユーカ、そろそろ雨が降るかもしれない。雨具の用意をしよう」 「はーい、それじゃあ小休憩ですね」  快活に答えたユーカが見晴らしのよい場所で竜車を止めて小休憩へ。真っ先に竜車を降りて身体を伸ばすレイジが息をつき、次いでノゾミが降りてからルリエが降りると、剣を抜いて彼に突きつける。 「私と戦え」 「いいですよ。時間の許す限りお付き合いします」  凛然としたルリエと穏やかに微笑むノゾミのいつもの会話。休憩とあらばそれは二人の手合わせの時間。  竜車から少し離れた場所に移動した二人が剣を交え始めるのを、マリィを降りたアルトは苦笑しつつ見つめ、隣にやって来たユーカが手渡す焼き菓子を受け取って口にし、軽く砕いたものをマリィにも食べさせる。 「ルリエ様はあれでいいのか? その、手合わせはともかく真剣でやる事は……」  言い難そうなアルトの言い分はごもっともだとユーカも頷く。  世界にただ一人の存在である歌姫。万が一があってはならないのはもちろんだが、当の本人が勇猛果敢すぎる程に戦いを望む為、止める事もできない。  本人に歌姫としての自覚がない、などという陰口はアルトも聞いたことがあるが、言った相手をその都度咎めたのを少し思い返す。  が、やはり実際目の当たりにするとそう言われても仕方ないなと痛感し、それに応じて剣を交える英雄ノゾミの姿勢もまた衝撃的と言えた。 「だから言ったろ、あの二人のイチャつきは凄いってよ」 「そ、そんな言い方はよくないです! そもそも歌姫様は恋愛禁止です!」  ニヤニヤしながらルリエとノゾミの手合わせを見ながらやって来たレイジに対し、頬を赤く染めながら強くアルトはガミガミと言い返しつつ、だが、チラリと横目でルリエ達を見ていると彼の言い分もわからなくはない、気もした。  鋭敏に華麗にルリエは剣を舞うように扱い苛烈に攻め、ノゾミはそれを水の如く受け流しつつ力強く攻め、幾度も剣同士が打ち鳴らす戦の音色が織り重なって旋律を奏でるかのよう。  紺碧の長い髪が動きに合わせて煌めき、紅き眼差しが残光を引きながら剣技を彩り、ルリエの美しさを際立たせ旋律と合わさり剣を持つ歌姫である事を誇示する。  そんなルリエに相対するは英雄ノゾミ。数々の武勇を持つにも関わらず普段の振る舞いは穏やかで心優しく、笑顔を全く見せないルリエとは対照的。二人の織り成す旋律は苛烈で、そして美しく、魂の交流を思わせる程に絵になった。   幾度も剣を交えて飽きることがない。剣を打ち付け、振るい、負けて、勝って……その度にルリエの心は高鳴りを感じていた。  最初の頃は感じる事がなかったものが今ならわかる。強く感じるにつれて、剣が今まで以上に鋭さを増すのがわかる。  ただ目の前の相手を切り伏せようとするだけではない、しなやかで、洗練され、研鑽されていくのが全身へ伝わっていく。 (私は強くなる……もっと、強く……)  強さを求める心に応えるように、剣はさらに光を返しながら振り抜かれる。  高鳴る鼓動だけがルリエには聴こえ、やがて、ノゾミの剣を巻き取るように天へ弾き飛ばすと切っ先を素早く喉元に突き付け、彼の光の剣が岩に突き刺さると同時に多量の汗がどっと流れた。 「お見事ですルリエ様、もう俺では敵いませんね」 「お前の全力はこんなもんじゃない、それを切り伏せるまでは勝ったとは思わない」  微笑むノゾミにルリエは強く言い放って剣を鞘に納め、水筒と吸水性に優れる布を持ってやって来たユーカから水筒を受け取り水を飲み干す。  ノゾミがまだまだ余力を秘めてるのはルリエにはわかっている。それをまだ自分は見ていないし彼も見せてはくれない、水筒と交換する形で布を受け取り汗を拭くルリエは目を細めながら見つめ、苦笑するノゾミを困らせた。 「えっと……」 「御託はいい、もう一度だ」 「いえそれは流石に……大分時間使いましたから」  ふとルリエはノゾミとかなりの時間手合わせしていた事に気がついた。既に黒雲が近づいており、冷たい風に微かに雨の気配が感じられる。  ユーカも雨具を着用し、マリィら竜もそれは同じ。長い時間手合わせしていた事を認識すると、今の手合わせに時を忘れる程に集中していたのだと気付かされた。 (私、強くなっている……?)  簡単にあしらわれ、ムキになって挑み続けていた事が遠く感じられた。昼夜問わずノゾミに挑み続けて、気がつかない内に剣技が上達しているのか。それだけ集中し、彼と渡り合い勝利する程に。  自分の右手を見つめて思案するルリエだがすぐに手を下ろして竜車の方へ歩き進み、それを見つめるノゾミにユーカがある事を投げかける。 「ノゾミさん、どうしてルリエ様に本気を出してあげないんですか? 私には、よくわからないですけど……」  非戦闘員のユーカにノゾミが本気かどうかはわからないものの、ルリエが不満げなのだけは理解できる。  ノゾミはユーカに微笑んで誤魔化そうとするが、ムスッとした彼女に詰め寄られて困惑し、言い難そうに答え始める。 「俺の全力は、鍛えるのには向かないからね。それにルリエ様に何かあったら嫌だしね」 「むぅ……そういう事なら仕方ないです、許します!」  一応ユーカは納得したらしくトタトタと竜車の方へ戻り、入れ違うようにレイジが来て肩に手を置きニッと笑みを浮かべ、静かに声をかける。 「苦労人だな兄ちゃん、無理するなよ?」 「それは……頑張ります」  ルリエ達も知らない力。全力を出せないのもそのせいがある。レイジは気づいていてもノゾミの意思を汲み取り語る事はなく、助かっている部分は大きかった。 (全力か……ルリエ様に出す事は、多分、ないかな)  ノゾミは自嘲の笑みを浮かべながら何かを思い、そんな彼の顔にレイジは悟ったように目を細めたが踏み込まず、わざとらしく身体を伸ばし、竜車の方へ身体を向けノゾミもまた竜車に戻ろうとした。  その瞬間、何かを察知したかのようにマリィが襟巻きを広げて甲高く鳴き、その声にノゾミ達に緊張が走る。  マリィは二足歩行のベルモッドという種族の竜。特徴は警戒心の高さにあり、危険を察知すると襟巻きを広げ甲高く鳴いてそれを知らせる。  敵の気配、近づく脅威へルリエはすぐに剣を手にとった。
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