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瑠璃色の身体を持つ水中竜が船を牽引しつつ慎重に港へ入り、やがて止まると高らかに歌い到着を乗客達に伝える。
南大陸テラントの東部の港町ヒタキ、係留施設に舷梯がかけられ乗客達が下り立つのはこの世界で最も栄える大陸、その玄関口だ。
まず最初にノゾミが降りて、次いでルリエが膠灰で作られた桟橋に降り立ち小さく息をつく。
「無事に着きましたねルリエ様」
振り返り声をかけるノゾミをルリエは無視して一人町の方へと歩き出し、ふぅと息を付きつつ苦笑するノゾミの肩掛けカバンから伝竜クーレニアが顔を覗かせる。
その後ろからは竜車用の大型舷梯からルリエ達の使う竜車もゆっくり降り立ち、手綱を握るレイジと竜車から顔を覗かせるユーカがやってくる。
「歌姫サマは遊覧船じゃ物足りない、ってか?」
「レイジさん、それ言うと怒られますよ!」
鼻で笑ったレイジにむすっとするユーカを見てノゾミは口元を緩め、少し早足で進んでルリエに追いつく。
周囲に目を配る彼女の隣につくと歩幅を合わせ、その様子を目を細めてレイジは見つめていた。
「あの二人……何か仲良くねぇか?」
「むぅ……ですよねぇ……ノゾミさんずるいです」
船がここにつくニ日前から、ルリエの雰囲気が少しだけ変わったのをユーカ達も察する事はできた。ユーカは名前を呼ばれるようになり、レイジも軽口に対して魔法を使われることはなかった。
ノゾミに対しては特に何も変化していないように見えるがなんとなく、二人の距離が近い事は流石に見てわかる。
頬を膨らませてむーっと唸りながらユーカは竜車内へ引っ込み、それにはレイジも若いねぇと眉を上げつつ手綱をしならせ牽引する竜を歩かせた。
ーー
世界で最も広いこの大陸は、かつては領地を巡って統治者同士の争いが絶えず、一度聖域の神獣により壊滅的な被害があったとされている。
それが具体的にいつかはわからないものの、以来武闘大会や最先端の技術開発、それに伴って生活水準が向上し、他大陸にも伝わってより豊かになったという。
特に現在の上級統治者ジラード家は特に競い合う事を好み、同時に厳格な規則で公平性を保ち統治者であろうとなかろうとより才覚ある者を厚遇している。
そうした理由からかここはトラブル回避の手段の一つが勝負事、ルリエが目にした範囲だけでも、硬貨を使って表裏を当てる事で勝負するもの、樽を置いて腕相撲で勝負するもの、一喜一憂しながら何処か爽やかな印象を与える作業員の姿に、ルリエも鞘から剣を抜きそうになる。
「ルリエ様、駄目ですよ」
舌打ちで返すルリエは剣から渋々手を離す。だがこの大陸は自分が強くなるには都合がいい。程よく闘争心に満ちた潮風を感じながら、ルリエの心は高鳴り新たな大陸という舞台に足を踏み出す。
と、ルリエは目の前に止まる二足歩行の竜を捉えて足を止めた。
やがて竜から下りてきた人物が短いツバの茶褐色の帽子を脱いで肩ほどの金髪を晒し、翡翠色のはっきりとした目でルリエを見て足を止めると、革のブーツを履く足を揃え、帽子を持つ左手を胸に頭を軽く下げた。
「お待ちしていました歌姫様」
落ち着いた茶褐色のマントに緑系統の軽い印象の服を着、服のポケットの数や腰のポーチなどに様々な物を仕込む生真面目な印象の女性。ルリエは彼女の左腕に緑色に銀枠の腕章を見つけ、彼女がノゾミらと同じ護衛だと判断し抜きかけた剣を引く。
「……名前は?」
「アルト・カインズと申します。歌姫選定委員会魔物調査・研究部に所属、以後お見知りおきを」
アルトと名乗った女性が帽子を被ると、彼女が乗ってきた竜が近づいてきてアルトがくちばしを触って落ち着かせる。
「この子は相棒のマリィです。本日只今より歌姫様の護衛としてわたしと任務に当たります、よろしくお願いします」
「……そう」
ルリエは素っ気ないながらも一応はアルトを認識してるのは苦笑するノゾミにはわかり、アルト本人は特に気にする素振りを見せずノゾミの方に目を向けて一歩出るとすっと手を前に出す。
「英雄ノゾミ殿、ですね。初めまして」
「初めまして。その、英雄っていうのは無しでいいですよ、改まった言い方もなんか慣れませんから普通でお願いします」
「わかりました。ではノゾミ、よろしく」
握手して自己紹介を済ますノゾミとアルトのやり取りにルリエは小さく舌打ちしてしまう。自分でも何故か鞘を握る手に力が入り、もやもやとしたものが胸に込み上げてくる。
やがてノゾミとアルトが穏やかに挨拶を済ませると、ルリエはそっぽを向いてノゾミと目を合わせようとはせず、もやもやとしたものに戸惑った。
(なんだこれは……イライラする)
今までにない感覚にルリエが戸惑う間、竜を車から下りてきたユーカが小走りしてアルトの前に来て大きくお辞儀をし、挨拶を済ませる。
「ルリエ様のお世話を担当するユーカ・シノノメです!」
「よろしく。それと……」
ユーカに穏やかな笑みを浮かべていたアルトだったが、目つきを鋭くすると突然背中のベルトに引っ掛けていた物を掴むと力を入れ、それが展開すると赤茶の弓となり弦が自動で張られた。
そして手早く相棒マリィに備わる矢筒から矢を抜いて弦を引いて放ち、竜車の中へ隠れようとするレイジの目の前に矢が刺さり彼の目の前でしなってみせた。
「レイジさん! また逃げるんですか!」
先程の生真面目な態度とは打って変わり声も荒く、そしてレイジの名前を言ったことから知り合いのようだ。
やや間の悪そうにレイジが振り返り、目を細めるアルトや同じく目を向けるノゾミ達に帽子を深く被って誤魔化そうとする。
「なんでお前が護衛なんだよ……」
「あなたのような不真面目でぐうたらな人が護衛という方が何かの間違いです! いいですか! 歌姫様の護衛というのは誉れある任務なのですよ! それを委員会の掃き溜めのようなあなたがやるとなったら捨て置く訳には行きません!」
「は、掃き溜めってお前……流石に、へこむぞそれは……」
いつもの飄々さが薄れたじたじと言った様子のレイジと、ひと目をはばらない程にズバズバと言い放つアルトと、ハッと我に返ったアルトは帽子を深く被って顔を赤くし、小さくごめんなさいと呟いた。
何やら訳がある知り合いらしいとノゾミは察したものの、目を閉じ腕を組んで指をトントンとしながら佇むルリエが視界に入り、苦笑しつつその場を進める。
「と、とりあえず支部の方に行きましょうか。話は、それからで……」
その場はノゾミの取り成しで収めて、一同はヒタキの港町にある歌姫選定委員会支部へと足を向けた。
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