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港町ヒタキの外側にある白い色の近代的な建物がこの場所の委員会の支部。
ある物を受け取る為に訪れた訳だが歓迎が面倒とルリエは入らず、ノゾミと共に竜車にて待機。
しかし、木箱の上で腕と足を組み鋭くノゾミを捉え続け、彼が車外に出る事を禁じ困らせていた。
「えっと……どうかしましたか?」
「別に」
ルリエの機嫌が悪いのはわかったものの、原因が何かノゾミにはわからず、とりあえず彼女の前に座る事にする。
一方のルリエも何故自分がこんな事をしてるのかと内心考える。別にノゾミに負けたわけでもないのだから不快な気分にならないはずだが、何故か今は負けた時以上に虫の居所が悪い。
(早く戦いたいのに……)
こんな事をしてるくらいならば鍛錬してる方が余程いい。だが、そんな気になれず、ルリエは苦笑するノゾミをただ見つめ時間を過ごし続ける。
その頃、ユーカ、レイジ、アルトの三人は二人に代わりに支部内にてある物を受け取り、ユーカはそれを持ち上げたりして興味津々と言った様子だった。
「何ですかこの布?」
ユーカが手にするのは四隅に紐を付けた白い布。少しだけ生姜にも似た匂いがし、片側からは透けてるだけだがもう片側は布が見えず視界がはっきりとしており、首を傾げるユーカに微笑みながらアルトが教えてくれた。
「これはバジリスク避け。レイジさんが開発した道具で、この大陸では必須の道具」
親しく話すアルトは布を顔の前に着けて覆い隠し、紐を結んで止めて手本を見せてくれた。ちょうど舞台観劇の黒子のそれと同じようなものとユーカはなるほどとしつつも、バジリスクなる存在が気になり首を傾げた。
「バジリスクってなんですか?」
「この大陸の固有種にして聖域の神獣の眷属……相当厄介だから、戦いは避けるのが鉄則なんです」
戦闘専門ではないのもありユーカはそんなに手強くてもルリエ様なら何とかする、と頭に思い浮かべるが、それを察してかレイジが歌姫サマでも苦戦するぜといつもの快活な言葉使いながら表情はやや強張っていた。
「バジリスクの外皮は剣なんて通らねぇし、切れても体を流れる毒でやられるぜ。何よりあいつらはしつこい、が目を合わせなきゃ襲われる心配もない……そこでコイツってわけさ」
得意げに話すレイジによれば、バジリスク避けは繊維合金を織る技術を応用しつつも安価で済み、また特別な薬湯に浸してるので防毒効果も見込めるという。
確かにルリエ様は強いけど歌姫様、守らないといけないとユーカは納得し一緒に竜車へと戻ろうとすると、ふと入口にかかる絵画に気がついて目が止まった。
おびただしい数の魔物を一人で蹴散らしていく白い剣を手に赤い衣を纏う鋭い目の青年の姿。作品名は英雄の激闘とあり、青年はノゾミに似ている気がした。いや、彼本人だ。
「ノゾミさんの絵……これって、実話ですよね? 魔物たくさん倒したって聞きましたし」
たくさんなんてもんじゃない、とユーカに答えたのはアルトだった。そして絵を見つめながらある数字を口にする。
「委員会は倒した魔物の数の統計も出している、歌姫様はおよそ百か二百ほど……だが、英雄ノゾミの数字はそれ以上どころか、委員会の歴代記録の首位を守り続けています」
「どのくらいなんです?」
「一体以上、だったはずです。魔物千体切り、竜すら屠る者、鬼神、最強の護衛……彼に関しては、多くの逸話が残されていて特にこの大陸は多いです」
英雄ノゾミの武勇伝の一端、それ程に凄い人物にルリエが負けるのもユーカは納得ができ、以前、ルリエが倒れた時に自分の過去について少しだけ話してくれたのをユーカは思い出す。
自分の事をルリエのようだったと穏やかに話し、仲間のおかげで変われたことも教えてくれた。そして、ルリエはほんの少しだけ、変わってきている。
絵画の中のノゾミの表情は戦闘中なのもあるからか、ルリエのそれによく似ている。冷徹すぎる程に強く、孤独で、寂しい、そんなものがユーカは感じ取れた気がした。
「まぁ、今の英雄サマは美人の歌姫サマにご熱心だけどな」
軽口を叩くレイジにアンリが振り返らずに足を勢い良く踏みつけ、不意打ち気味に踏まれた事で苦悶の声を上げてわざとらしく足を押さえて壁側へ仰け反るレイジ。
「い、いてぇよアルト!」
「無礼者にはこれでも足らないくらいです。我々委員会、特に歌姫護衛を務める者にとって英雄ノゾミは模範と言えます、その精神は見倣うべきです」
「お前は英雄の兄ちゃんの現実知ったら幻滅するっての!」
レイジとアルトの一連の掛け合いがユーカには何かこう、口では悪く言いつつも相手を思いやってるような不思議な違和感を覚えたが、ルリエが待ってると思い先に支部を出て竜車へと戻る事にした。
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