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この南大陸には、列車と呼ばれる長距離移動可能な乗り物がある。
魔力を含む鉱物・魔法石を用いて機械技術と魔法術式を合わせた動力により起動し、長距離高速運搬を可能とした南大陸発展の象徴とも言えるものだ。
今はまだ首都クーリオンと港町ヒタキをまっすぐ結び、その間の要所にのみ駅が存在している段階だがゆくゆくは大陸の全域へ、そして他大陸にも伝えて人と物の行き来を早くするというのが列車開発をしたジラード家の野望だという。
竜車で移動するよりも段違いに移動効率が良く、列車ならばクーリオンまでは二十日もかからぬ程。強くなりたいルリエとしては戦う事がない事は不満でしかないが、さっさとこんな旅を終わらせてしまいたいというのも変わらずにある。
港の外側に作られた大きな整備場に並ぶ列車の数々、まだ技術的な課題も多く日々改良されながら運用され進化している。
ルリエ達は委員会がジラード家の快諾を得て手配して貰ったという列車に向かい、その姿を少し離れた高い建物の屋上から見つめる者がいた。
「麗しき青の歌姫様がご到着されたようだ、さてこのジェスターの仕掛けた刺激的な舞台をお気に召すだろうか?」
翼を象る銀の仮面を被る男が手にしたシルクハットを丁寧に被り、舞台朗読のように情緒を込めながら高らかに語りくるりと回転するように振り返る。
が、誰もおらず静寂が広がるのみ、こほん、と小さく息をついてから辺りを見回し、左隣であぐらをかく黒い鎧を着た身体を黒い布で隠す大男の反応の無さにため息をつく。
「やれやれ、少しは舞台観劇というのを楽しんだらどうなのかね? 誉れある武人なら尚の事、なあハーキュリー?」
「我輩はより強き者との戦いを望むだけの事だ」
仮面の男の名はジェスター・ジョーカー、そして大男の名前はハーキュリー・ノヴァ。
ジェスターの着る黒のスーツは南大陸の礼服、その胸には金の猛禽類の頭蓋骨をあしらうバッジがつけられ、ハーキュリーの着る鎧の前部にも大きく描かれていた。
わざとらしく両手を軽く上げ首を振るジェスターに対し、寡黙さを貫くハーキュリー。対象的な二人の元へ静かに歩き、視線を集めたのはディスラプターのアマト、そして手に持つ棒で肩を叩くバルテットだ。
「これはこれはアマト殿にバルテット、観客席なら空いてるぞ?」
情緒的に話すジェスターに対しバルテットがすかさずいらねぇよと悪辣に言い放ち、ジェスターが見下ろしていた場所でしゃがみルリエ達の姿を確認する。
「いたぜ歌姫だ。今度こそあのノゾミって奴を……」
「おっとバルテット、ここはこの僕が任された舞台だ。余計な事はしないでもらおうか」
刹那、バルテットが目にも止まらぬ速さでジェスターに対し棒を振るうも、ひらりと身を躱した彼がいつの間にか投げた小さな刃が腕に刺さり、舌打ちして刃を投げ捨て対峙する。
「何者であろうと僕の舞台を汚す事は許さない」
「上等だ……今すぐ潰してやるよ」
互いに相手を捉えて目つきの鋭さを増すが、間に入るように前に出たアマトの姿で互いに舌打ちし、臨戦態勢を解く。
「お前らとボイスはここで好きにしろ、だと、あいつが言っていた」
「……あの方の指示、か」
臨戦態勢になりかけたジェスターだったが、冷淡なアマトの言葉で仮面の下で苦虫を噛み潰した表情をし、バルテットも間の悪そうに頭に巻くバンダナを下げて目を隠す。
「本来はあの方の命令とて僕の緻密に作り出した舞台に部外者は入れたくはないが……屋外の観劇ならばと割り切ろうじゃないか」
そう言って気持ちを切り替えたジェスターは懐中時計を取り出して開き、秒針を確認するとほくそ笑み建物の縁に立ち高らかに宣言する。
「さぁジェスター・ジョーカーによる屋外観劇の時間だ! 剣を持つ歌姫様へ、楽しいひと時をお届けしようではありませんか!」
開幕の言葉と共に駅の各所、列車の各所に密かに備えられた仮面のマークがついた黒い箱が刹那、炸裂すると共に紅蓮業火を巻き上げ周囲を吹き飛ばし、激震と共に人々の日常は木っ端微塵に飛ばされた。
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