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役目を果たしたアルトはルリエが向かった方、ではなくレイジがいる方へと騎乗するマリィを走らせていた。
不思議と今彼の方に行かなくてはいけないと心が訴えたから、それだけの理由……弓を展開して手に持ち、矢筒から矢を引きつがえてレイジの姿を遠目で捉えた。
(レイジさん……苦戦、してる!?)
ーー
致命傷は負っていないが剣を手に迫るボイス相手に魔法を使えずにいるレイジ。焦燥感は表に出してないものの、息が上がり何ヶ所か切られている事実は、否が応でも認めねばならなかった。
(できれば本気は出したくはねぇんだがな……)
手の内はいくらでもある、余裕綽々な態度を見せるボイスを泣かす方法もある。が、それを使う程にまだ危機とも思ってはいない。
「どうした主席卒業、ようやくこのボイス様に負けを認めるか」
「ったくしつけぇやつだなおい、そんなんだからモテねぇんだよ」
ニッと笑って余裕綽々といった表情のレイジにボイスの余裕は容易く崩れ、すぐさま激昂のそれに変わり剣を突き出すのをレイジは脇に挟んで腕を止め、お互いに片手を相手の腹に押し当て詠唱する。
「輝く鋼よ詠え!」
「静かなる風よ詠え!」
威力を落とす代わりに省略により素早く魔法を放とうとする二人。直に当てれば十分な殺傷力が出るがほぼ同時、相討ち覚悟をレイジが決めた刹那、空を切る音と共にボイスが呻き、その腕には細い矢が貫きやや仰け反った。
(矢だと……! しまっ……)
「レフィタ・ジス・レテュロ!」
矢に気を取られたボイスの腹部にレイジの手より放たれる空気の散弾。大きく弧を描きながらボイスは吹き飛ばされ、そのまま空いていた樽の中へ放り込まれ藻掻く様にレイジは鼻で笑い、やって来たアルトの方に顔を向ける。
「よぉ、助かったぜ」
普段と変わらぬ飄々さを見せたレイジだが、マリィを降りたアルトに平手打ちをされ、ムスッとした彼女に睨まれてしまう。
「よぉ、じゃないです! ほんとに死んだらお母さんになんて報告すればいいんですか! あなたがわたしの父親だなんてほんっと信じられないです!」
「っ、それを今言うかお前……」
感情的に言い切ってふんっとそっぽを向いたアルトにレイジは帽子を深く被り苦笑する。
親子関係、その話を戦いが終わったのを確認してから出てきたユーカが耳にし、近づきながら目を丸くしていた。
「えぇ!? お、親子なんですか!? レイジさん、ちゃらんぽらんなのによくお嫁さん貰えましたね……」
「ちゃらんぽらんなんじゃねぇ、給料以上の事はしたくないだけだ」
「それをちゃらんぽらんというのですよ!」
驚きつつ冷静に分析するユーカにレイジが堂々と答え、それにアルトが詰め寄る展開へ移る間に樽から出てきたボイスは、不意討ち気味に魔法を使おうとするも目を鋭くしたアルトが弓を引いて矢を放ち、頭を狙うが魔法陣で防がれ弾かれる。
「くそっ、お、覚えていろ!」
情けない捨て台詞と共にボイスは走り去り、アルトは追い掛けようとするがレイジが肩を掴んで止め、今は歌姫サマだと告げ彼女を冷静にさせた。
「俺は傷を治してもらってから行くから、先に行ってくれ。俺以上にあの二人は危なっかしいからよ」
「わかり、ました。マリィ、行くよ」
まだルリエとノゾミの事をよく知らないアルトは言葉の意味をよく理解できなかったが、相棒のマリィに跨がり弓を片手に走らせルリエ達の元へと急いだ。
その後ろ姿を見てレイジがため息をつき、回復魔法で治療するユーカにふと言葉を漏らす。
「……真面目すぎると、疲れるぞアルト」
「何か言いました?」
いや、なんでもないと怪訝そうに見つめるユーカに答え、レイジは息をついて娘への思いを密かに胸にしまい込む。
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