暁に思案し

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暁に思案し

 温もりがまだ残る、確かな温かさ、あるいは別のものか。 (……らしくないことをした、な)  二日前、大海原を行く船上で深夜に彼と剣を交え、そして、彼に命じたのは自分を抱擁しろというもの。  彼が以前、自分との差として抱きしめた事、その意味を知りたかったが故の行動。  だが理解できなかったし、少ししてから部屋に戻って眠りについた。それでも、まだ、あの感触が残っている。  しかし、ただ一つだけ変化はあった。 (……いつ以来だ。夢を、見なかったのは)  眠る度に忌まわしい過去を追体験する。思い出したくない記憶、苦痛と絶望しかない、弱い己の象徴たるもの。  でもそれを見なくなったことは、たとえそれが一時的なものだとしても、少し、安堵している己がいる。  強くなれば二度と見なくなる、それは変わらず信じている。でも、何故見なかったのかはわからない、また自分でも強くなれたとは思えないから。  しばし記憶を振り返ると、ある時期もまた悪夢を見なかった期間と気がつく。 (まだ実家で……あの人に剣を学んでた頃も……)  凛とし美しき人、剣を手にする強き人、唯一師と思えた戦乙女。  師は今何をしてるだろうか? 別の誰かを指導してるのか、それとも何処かで剣を振るっているのか、また会えるのか、自分でも珍しく誰かの事を考えていた。  朝日が昇り始め、窓から射し込む光が彼女よ紺碧の髪を美しく照らす。  紅き瞳に秘めたるは強さへの渇望、変わらぬ願いを抱く歌姫ルリエは次の大陸を目にし、白鞘の剣を握り思案を断ち切った。
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