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それは良い変身ですね
「ねえねえ、変身してみたいなって思ったことは無いですか?」
例えばアニメや特撮のヒーローのように。
例えば新しい学校に通い始めた時思い切って。
今の自分じゃなくて、違う自分に変わってみたいと思ったりしない?
尋ねると目の前の女性は優しい微笑みを浮かべたまま口を開く。
「そうね。私も昔はそう思っていたのかも。」
彼女は確かに私よりも大分年上で落ち着いているように見えた。
「年をとったな、と思うの。」
目の前の彼女はそう言った。
年をとる。何か衰えでも感じているのだろうか?続きを促せば彼女は口を開く。
「昔は、私の全てを受け止めてほしくてたまらなかった。痛かったところも辛かったところも全部全部吐き出して、それを全部受け止めてもらって。そうじゃなければそれは愛じゃないと思っていたの。」
つまり今は違うというのだろうか。
「ええ。今は違うの。痛かったし、辛かったかもしれない。だけどそれを無理に見せる必要なんかなくて、ただ今、一緒にいて幸せに笑えるなら、それが愛なんじゃないかって思うのよ。」
「ああ、それは――――」
確かに年をとったのだろう。けれどきっと
「良い年の取り方をしましたね。」
「そうね。」
彼女は一回頷いて、それから少し考えて微笑んだ。
「ええ。少なくとも愛に関しては恵まれたみたい。」
それは良かった。
例え傷がいくつ増えていようと、決して忘れられない憎悪があろうと。そんな考え方が出来るようになるなら、年をとるのもそこまで悪いことじゃないのかもしれない。
そんなことを考えてから、ふと思いつく。
「ああ、良い変身、してるじゃないですか。」
過去のあなたから今のあなたへ。
身を変えるのが変身かもしれないけれど、中身が変わることだって変身で良いんじゃないだろうか。年をとって見た目だけじゃなく、しっかり心も落ち着くことができるなら、それはきっととても素敵なことだ。
私の言葉に目の前の彼女は目を見開く。
それからふわりと口元を綻ばせて笑った。
「そうね、確かに。年をとることも1つの変身ね。」
さて、どうやら私は思っていたのとは違うけれど、この先どうやっても変身することになるらしい。
それが良いものか悪いものかは、今はまだ分からないけれど。
(良い変身ができると良いな。)
そう思って目を閉じた。
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