第4話 出会いの日(前編)

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第4話 出会いの日(前編)

     うららかな春の日差しの下。  緑の草原に囲まれた土の街道を、一台の小型馬車が進んでいた。  乗っているのは、四人の少女たちだ。ただし格好を見れば誰の目にも明らかなように、彼女たちは単なる村娘ではなく、モンスター退治を生業(なりわい)とする冒険者だった。 「こうして旅してると、いつもボクは思うんだけど……」  窓の外に目をやりながら、一人の少女が、のんきに呟く。 「……世の中って案外、のどかだよね」  白い金属鎧を着込んでおり、鎧の隙間からは桃色も覗いているので、それがインナーの色なのだろう。鎧自体にも、縁取りや飾り模様など、部分的にピンクが入っている。  さらに長い髪もピンクであり、銀色の髪留めにより後ろでアップにまとめている、という髪型だった。 「この辺りがたまたま平和なだけでしょ、ドロシー。世の中全てがそうだったら、あたしたち、冒険者になんてならなかったよね?」 「身も蓋もない言い方するなあ、リリアンは」  桃色の少女が苦笑する。  彼女をドロシーと呼び、彼女からリリアンと呼ばれたのは、髪色がオレンジの少女だった。  オレンジのラインが入った白い武闘服は、ノースリーブだが裾は長く、明らかに女性用の形状をしている。それでもボーイッシュな雰囲気が漂っているのは、跳ねたような癖のある短髪に加えて、キリッとした精悍な顔つきが、活発なイメージを与えるせいだろうか。 「でもリリアンの言葉にも一理あるわ。しばらくモンスターも見かけてないからね。場所によっては、普通に街道を旅しているだけで襲われる、って話もあるでしょう?」 「ほら! クラリスさんもこう言ってるし!」  オレンジ色のリリアンから「さん」付けで呼ばれたように、三人目の少女は、最初の二人よりも少しだけ年上だった。ドロシーとリリアンが十代後半なのに対して、二十歳に達している雰囲気だ。  そのクラリスが着ているのは、緑色のローブ。白いブラウスの上に重ねており、ローブのフードは、被らずに後ろへ垂らしていた。  髪色も緑だ。肩にかからない程度の長さが、ふんわりとまとまっている。  穏やかな笑顔がよく似合って見えるのは、ふっくらとした顔立ちや、垂れ目気味な目つきのせいかもしれない。 「ねえ、カトリーンはどう思う?」  クラリスが呼びかけた相手は、馬車のキャビン部分ではなく、御者台に座る少女だった。  クラリスと同じ年頃で、今は手綱を握っているが、本来は冒険者仲間の一人なのだろう。紫色の皮鎧を着て、左右の腰に一本ずつ、剣を差している。  装備のイメージカラーを髪色に合わせるのが仲間内のルールらしく、カトリーンの髪も鎧同様の紫だった。やや長めのセミロングで、前髪だけはスパッと横一直線に切り揃えている。  少し吊り上がった目尻には冷たさも感じられるが、やや面長(おもなが)の整った顔立ちだ。体型の出やすい皮鎧であるが故に、四人の中で最も胸が控えめなのは一目瞭然。ただし、むしろそれを魅力と思わせるような、スレンダー美人だった。  そんなカトリーンが、ぶっきらぼうな口調で答えながら、 「よかったな。お前たちへの回答になりそうな場面に、ちょうど出くわしたようだぞ」  馬を停めて、斜め前方を指し示すのだった。  馬車が進んでいたのは草原地帯だが、緑の野原ばかりで他に何もない、という地域ではなかった。  遠くへ視線を向ければ山々も視界に入るし、それよりも近くに森林地帯が見えてくる箇所もある。  今カトリーンが示したのも、小さな森の一つだった。 「お前たち、わからないのか? 何やら争っているような気配が感じられるだろう?」 「残念だけど……」 「無理言わないでください。あたしたち、カトリーンさんみたいな武人系キャラじゃありませんから」  クラリスとリリアンが返すと、カトリーンが残念そうに呟く。 「そうか、俺だけなのか……」  小さな声であり、ドロシーの叫びで掻き消されてしまう。 「とにかく、誰かが戦ってるのは確かなんだよね? じゃあ、ボクたちで助けに行こう!」 「ちょっと、待ちなさいったら!」  リリアンが制止するのも聞かずに、ドロシーは馬車から飛び出し、問題の森へと走り出した。 「まったくもう……。助けが必要な状況なのかどうか、それすらわからないのに……」  呆れ顔のリリアンに、クラリスが微笑みを向ける。 「いいじゃないの。困っている人がいたら放っておけない、っていうのは、ドロシーの長所でしょう?」 「まあ、そうですけどね。振り回されるこっちの身も考えてほしいもんです」  と言いながらリリアンも馬車を降りて、クラリスとカトリーンも彼女に続く。  こうして少女たちは、争いの気配のある森へと向かうのだった。  森に入ると、もはや気配だけではなかった。硬いものがぶつかり合う音や爆発音など、争っている物音がハッキリと聞こえてくる。  ショートソードを構えたドロシーを先頭にして、その場に駆けつけた四人が目にしたものは……。  黒いローブの男が、モンスターに追い詰められている場面だった。  かなり弱っているらしく、大木の幹にその身を預けている。後ろ姿な上に、ローブのフードを目深に被っているため、顔は全く見えない。ただし、そのローブが血でグッショリと濡れていることから、特に背中に酷く傷を負っていることだけは理解できた。  問題は、彼を取り囲むモンスターたちだ。  四人は、一瞬立ち止まってしまう。 「えっ、何あれ?」 「大丈夫よ、リリアン。ただのモンスターだわ」 「うむ、クラリスの言う通りだ」  数は三匹で、武器は黒光りする金棒。  見たことがないモンスターばかりだった。  彼女たちの二倍以上のサイズであり、うち一匹は、二倍どころか三倍を超える巨体だ。 「いかにも硬そうな、ゴツゴツした岩みたいな肌……。おそらく岩石魔人じゃないかしら?」 「うむ。最も大きな水色の一匹は、単眼巨人(サイクロプス)というやつだろう。目が一つしかないからな」 「そうですね。一つ目小僧にしてはデカ過ぎますもんね」  軽口を叩くリリアン。年長者二人が冷静に分析するのを聞いて、少しは動揺も収まったらしい。 「何でもいいわ! あの男の人を助けよう!」  そう叫んで、ドロシーが再び走り出した。 「困っている人は見過ごせない! ボクたちドロシー隊が相手になるよ!」  あえて大きな声を出すことで、モンスターたちの注意を自分に引き寄せるドロシー。  三匹が彼女の方を向いた時、ドロシーはショートソードを左手に持ち替えて、右手は鎧の胸元に突っ込んでいた。  キラリと光る銀色の小片を懐から取り出し、クイッと手首を捻って投げつける。 「シルバー・シュート!」  メイン武器はショートソードだが、遠距離攻撃の手段として、小さな銀色のナイフを複数同時に投擲。しかも気合を込める意味で、おかしな技名と共に。  これがドロシーの戦法の一つだった。  ゴブリン程度のモンスターが相手ならば、多大な効果を発揮するのだが……。 「おいおい、何だ……?」  水色の単眼巨人(サイクロプス)は事も無げに呟きながら、武器を持たない方の手を軽く振るだけで、それら刃物を全て払い除ける。  その様子を見て、再び少女たちの足が止まった。 「モンスターが喋った!?」 「うん、私も驚いた……」  衝撃を受けたリリアンとドロシーに対して、 「上級モンスターだわ。気をつけて!」 「臆することないぞ。強者(つわもの)と戦えて、むしろワクワクするではないか!」  年長者二人が、それぞれ全く逆のアドバイスを送る。 「カトリーンさん!? 面白がってる場合じゃないですよ!」 「そうだよ! 敵を倒すより、あの人を救助するのが先で……」  リリアンとドロシーの二人は、反射的にツッコミを入れるが、そんな場合ではなかった。 「なんだか知らんが……。邪魔をするなら、お前たちから始末するのみだ」 「そうだ、そうだ! どうせ人間たちは皆殺しだ!」  水色の単眼巨人(サイクロプス)と、二匹の岩石魔人。  黒ローブの男は後回しという態度で、三匹は四人の少女の方へ足を向けたが……。 「やめろ! お前たちの相手は、この私だろう!」  その黒ローブの男が、モンスターたちを一喝する。 「冒険者とはいえ、しょせん女子供。そのような弱き者を相手にするとは……。魔王軍のモンスターとして、恥ずかしいとは思わないのか!」  振り返った拍子にフードが後ろに垂れて、その顔があらわになる。  青い体毛に覆われて、口には猛禽のような嘴。どう見ても人間のものではなかった。  この黒ローブの男こそが、魔王城から逃げてきたグリフベックであり……。ドロシー隊の少女たちとの出会いは、彼のその後の運命に大きな影響を与える出来事となるのだった。    
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