序章 ジーク・サタン

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序章 ジーク・サタン

 厚く覆われた灰色の雲により、地上には日の光が届かない。草木もなく荒れ果てた荒野だけが永遠と広がっている。それに、年中じめじめとした空気と気怠い暑さだけが漂い、どこか辛気臭い。それが魔界であった。  しかし、そんな魔界にも美しいと呼べるものは、確かに存在する。  険しい山々を登り詰めた先にある巨大な洞窟。そこへ、鋭く赤い瞳孔に短く切りそろえられた黒髪の少年が入り込んでいった。中は非常に暗く、奥の奥まで闇が立ち込めている。  また、彼の吐く息は白く洞窟内は凍てつくような寒さである事が窺えた。  それにもかかわらず、少年は薄手のローブに身を包んでいるのみ。  そして、足取りには迷いがなく、奥へ奥へと突き進んでいた。  やがて、そんな少年の行く先には、薄っすらと白い光が見えてくる。 「あれか」  彼はそう小さく呟き、光の方へと急いだ。  するとそこには、洞窟内に広がる浅い湖と、その中心で白い輝きを放つ一輪の花が咲いていた。その花が湖面を照らし出し、周囲を眩い光で包み込んでいたのだ。その姿は儚くもあり、可憐でもある。 「アムブロシア……。本当に、ここにあったのだな」  それを目にして、彼は少し驚いていた。  けれど、彼は何の躊躇もなく湖へと入り込んでいく。湖は外気同様にかなり冷たい。それにも関わらず、彼の足取りは軽く、すぐに中心へと辿り着いた。そして、すぐさま花を引き抜いた。すると、花は次第に光を失い。やがて、周囲を闇へといざなって行く。  再び、洞窟内は闇へと包み込まれた。  だがその時、突如として周囲から複数の雄叫びが上がり出す。  それはオオカミの遠吠えの様に聞こえる。しかし、見えてきたものは、ただのオオカミではない。彼の身長を優に超える大きさもあり、全身には稲妻の様な光が走っている獣であったのだ。それも、十体の獣は彼を取り囲み、皆一様に威嚇してきていた。  それでも、少年は特段焦った様子もなく、平然と懐に花を仕舞い込む。  するとその時、一体が鋭い牙を立てながら、彼目掛け飛び込んできた。それを皮切りに他の獣達も、彼目掛け飛び込んでくる。  そこで、やっと彼は重い腰を上げた。 「邪魔だ」   彼はそう呟きつつ、迫り来た一体目に対し右腕を振り下ろす。すると、獣はたちまち水しぶきを上げながら、湖面を転がっていく。  次いで、彼は四方向から同時に襲い掛かってきた奴らに対しても、目にも止まらぬ速さで腕を振り翳していった。  それにより、五体の獣はあっけなく、くたばった様である。  だがそこで、残りの五体は少年から距離を取り、稲妻を帯びた体毛を逆立たせてきた。  そして、獣は一斉に逆立たせた毛を彼目掛け飛ばしてくる。それは弾丸の雨の様に、凄まじい弾幕であり、周囲の岩を砕く程の威力もあった。  しかし、それを受けながらも、彼は微動だにしない。  やがて、雨が降り止むと少年は何事もなかったかのように、獣たちを睨みつけた。 「お前ら魔獣共に言葉が通じるかは知らんが。命が惜しければ引くんだな」  すると、奴らにこの言葉が通じたのか、獣たちは彼を睨みつけたまま後退りしていく。  そして、奴らは洞窟のさらに奥へと身を引いていった。  そこで彼は、懐に仕舞った花を取り出す。花は光を失ってはいたが、特に傷ついた様子も、しおれた様子もない。  それに彼は安堵すると共に、 「……早い所戻るか」と呟く。  そして、彼は家路を急ぐのだった。  
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