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その後、少年は山を下り谷を越え、とある小さな村へと戻ってきていた。切り崩した森の中に一〇件程のレンガの家々が立ち並ぶ、そんな小さな村へと。
そして彼は、村のはずれにある小さな家へと入り込んでいく。
そこが彼の住処であり、また彼の同居人の住処でもあった。
部屋の片隅に置かれたベッドへと横たわる銀髪の彼女。シャーリーとの。
「……ジーク? やっと戻ってきたの?」
シャーリーは少年が家に入り込んでくるのを見るなり、横たわったまま語り掛けてきた。
それにジークと呼ばれた少年は
「ああ。随分と待たせたな」と答えながら、彼女の下へ近づいていく。
そして彼は、彼女の枕元から顔を覗き込む。肩まで伸びた艶のある銀色の髪にきめ細やかな肌。それと、蒼色の瞳に垂れ目。その目元には泣きほくろがあるのが、彼女の特徴的な顔つきであった。
しかし、彼女の顔色は真っ青で、目にも正気はない。それに、手足はだらんと伸びたまま、微動だにしない。というよりかは、全く動かせない様子であった。
ただ、この様な状態にあるのは、今日に始まった事ではない。
シャーリーは一年ほど前から、寝たきり生活を余儀なくされているのだ。医療では、すでに打つ手がない。そのため、ジークは彼女の体を治す為に奔走していた。だが、何を試しても治る気配はなく、日に日に彼女は衰弱していっている。
そんな彼女の姿にジークは心を痛めながら、問いかけた。
「調子はどうだ?」
「さっき……マーレさんに診てもらったけど、今日は安定しているって言ってたよ。現に人工呼吸器も取り外せているし」
彼女は弱々しくもはっきりそう言うと、ジークの反対側を一目見る。そこには、重々しい機械が鎮座していた。ほとんど、彼女はその機械なしには生活できない。こういう風に会話できる機会も近頃は少なくなっていた。
その事に、ジークはさらに心を痛めるが、彼女に悟られない様に優し気な笑みを浮かべる。
「そうか。よかった」と告げながら。
すると彼女は
「それで……、一週間も帰って来なかったらしいけど、どこに行っていたの?」と問いかけてきた。
それに対し、彼はおもむろに懐から、洞窟内で採取してきた花を見せる。
「こいつを、摘んできたんだ」
それを見たシャーリーは、少し目に正気が戻り、食い入るように花を見てきた。
「綺麗だね。魔界にもこんな綺麗な花が咲いているんだ」
そんな感想を漏らす彼女に対し、ジークは
「ああ。こいつで、お前の体を治せるかもしれないとマーレがそう言っていた。後で、彼女が来たら、調合してもらう。もう少しの辛抱だぞ」と告げる。
すると彼女は、一瞬だけ笑みを見せてくるが、徐々に悲し気な表情へと変わっていく。
それにジークは怪訝な表情を見せた。
「どうした? 具合いでも悪くなったか?」
「ううん、違うのジーク……。たぶん、それを採るために苦労したんだよね? その……、ごめんね。私がこんなんだから、迷惑かけて……」
彼女は、自身の深刻な病状を悲観的に見てそう告げてきた。
だがそれに対し、ジークは首を横に振り言い放つ。
「なんで、お前が謝る? 俺が好きでやっている事だ。迷惑だなんて思った事はない」
そこで、彼女もまた反論してくる。
「ジーク……気持ちは嬉しい。けど、あなたの人生を私の為に無駄にしてほしくない。あなたは、あなたの為に生きるべきよ! ただでさえ、あなたの心と体はあの戦争で疲弊しているんだから。もっと自分を大切に――」
そんな熱の籠った口調であったために、彼女は言葉の途中で酷く咳込んでしまった。ジークはそれに慌てて彼女の体を摩る。だが、咳は酷くなる一方で、彼女は遂に過呼吸を起こしてしまう。
「ヒュー……ヒュー……」と呼吸をするだけでも辛い様子。
それでも、彼女は
「ジーク……、私も……あなたの貴重な……時間を奪ってしまった……」と言葉を絞り出してくる。
それにジークは
「もう喋るな。今、呼吸器を繋げてやるからな」と告げて彼女とは取り合わない。
そして、彼はシャーリーの口に呼吸器のマスクを取りつけ、機械の電源を入れる。
その時すでに、彼女は気を失っていた。ただ、徐々に彼女の顔色はよくなっていき、呼吸も安定してきてはいる。
それに、ジークは一先ず安堵した。
その時だ。突然、玄関ドアをノックする音が室内に響き渡った。
「ん? マーレか?」
ジークはそう思い、何の疑問も抱かずにドアを開けた。それがジークをさらなる苦難へと貶める幕開けになる事も知らずに。
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