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単なる噂かと思って確認したことはなかったが、黎琳は男も女もイケる口かもしれない。
黎琳の、手入れの行き届いた爪が乾さんの肌に食い込む姿を想像し、身震いした。
「黎琳。今の、誉には――」
「――くそっ! 何なんだよ!!」
バンッとドアが開くと同時に誉の盛大な悪態が空気を震わせた。
俺と黎琳はゆったりとソファに座り、缶コーヒー片手に彼を見る。
苛立ちからか、暑さからか、ゆらゆらと湯気の筋が見える気がする。
何にしても、相当な不機嫌で、ずかずかと部屋を進み、上質な革張りのリクライニングチェアに腰かけた。
「俺は二時間も車に缶詰だってのに、お前らは優雅にコーヒータイムか!?」
完全なる八つ当たりだ。
「八つ当たりしないでください」
言わなきゃいいのに、黎琳が言った。かなりぶっきら棒に。
そして、少し乱暴に缶をテーブルに置くと、立ち上がり、冷蔵庫から三本目の缶を出した。それを、誉の正面に置く。
「早く出ろと言ったのにハルカちゃんとくっだらない長電話をしてギリギリの出発になり、私の言う通りにしていれば事故前に通過できていたはずの裏通りで立ち往生し、予定していた打ち合わせもできず、何の生産性もない無駄な時間を過ごした挙句、全く非のないどころか必要なかったリスケ作業を押し付けた秘書に八つ当たりするような俺様下半身バカな専務様、お疲れさまでした!」
秘書殿の気迫に、さっきまでの横暴さはどこへやら。
誉は目をパチクリさせて、仰け反った。
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