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プロローグ
明治の時代、元々裕福だった這内家は貧しい農民たちから土地を買い上げ大地主となる。農地改革により変わりゆく戦後は、苦しい立場に立たされる地主たちを尻目に商工業の投資へと舵を切り、さらに金融業、造船業と事業を拡大させていった。一方で一族や同系から政治家を排出し影響力を持つ。時代がいくつか過ぎた今も、何人も手を出せない財閥系企業として発展し続けている。
*
―――遡ること十一年前。季節は春。クマのぬいぐるみを抱えひとりの幼女が這内家の敷居を跨いだ。
「今日からここがおまえの家だ。そして私はおまえの“じい”だ」
幼子は斜めに首を捻った。
「じい?」
「菜々花様、この方のことは“おじいさま”とお呼びください」
幼女のすぐ横に立っていた慇懃な世話人が言い方を正した。菜々花は覚えたての言葉でたどたどしく「おじいさま?」となぞり、また斜めに首を捻った。
「おまえのために“おもちゃ”を用意した。好きなもので遊びなさい」
這内正之助は目を細め、広々とした部屋の、床の一角を指した。ペルシャ絨毯の上には子供が喜びそうなおもちゃが山積みになっていた。菜々花はすぐに駆け出した。
「本当にこの選択でよろしいのですか、ご主人様」
「うむ」
正之助はおもちゃで遊ぶ無邪気な背中を眺めながら少し黙った。
「まあ、この程度の嘘などたいした問題ではないだろう。私があの子を“孫”だと言うのだから誰も介入するまい」
「智景ぼっちゃんがお戻りになったときに大事になるのでは……」
「あいつは戻らん。たとえ戻ってきたとてあっちにこっちにぽこぽこと子を作っては家に後始末をさせ逃げ回っているようなやつだ。なあに、ひとりぐらい混じっても気づくものか。それに――――」
この時、正之助がなにを言ったのかに耳を欹てることもなく、もちろん大人の事情を知る由もなく、菜々花は這内家の一員となった。
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