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「ちょっと待って。」
「はい?」
「プレゼント、三つめ、聞いてないよ、まだ。」
「ああ、はい。」
「何?」
「いいんですか?」
「う…イエス?」
「何で英語?」
吹き出された。
「三つめはちょっと絵梨花さん的にはハードル高いかもですけど、」
思わず唾を飲み込んだ。
「な、何?」
「良いですか?言いますよ。」
ゴクリ。
「…絵梨花さんのフリータイムを俺に下さい。」
は?
「聞いてます?」
何それ。
「おーい。」
またもや手を振られている、目の前で。綺麗な大きな手が。瞬きを繰り返す。
「もしもし、」
「あ、うん。」
「ああ良かった、戻ってきた。」
ホッとしている顔をじっと見つめると、真面目な声が訊いて来た。
「やっぱり…ショックでした?」
「いや、ショックって言うか、」
「はい。」
「ええと、」
首を傾げている。
「手、見せて。」
またですか、一体何なんだろうな、この人は。ぶつぶつ言いながら、でも心得たもので大きく手を開いて掌を見せてくる。やっぱり。急に心の中がうねって、気が付いたらその掌に唇を押し当てていた。
「え?あ、何?」
甚だしく狼狽えている。いつもだったらさんざん笑ってやるのに。
「好きでいてくれて有難う。」
さらりとそんな言葉が出た。心の底の底からの声で。
「だから…半分でいい?」
「は?」
「だから時間。だって全部はさすがになあ。」
「マジ?え、何で?」
「えー、だって女子には女子の時間が必要だから。」
女子って、と絶句している。ふふ。
「やっぱり三分の一でどう?」
「無理ですよ。せめて半分下さい。」
「うーん、わかった、OK。」
「え?良いんですか?」
「なに怯えた顔してんのよ?本当に欲しいの、私の時間?」
激しく頷いている。
「欲しいです、そりゃ。」
「あ、ちょっと待った。」
「訂正とか受け付けませんよ。」
「いやそうじゃなくて…君のフリータイムはどうなってるわけ?」
「男子には男子の―」
「ほざくな。」
あはは、と明るい。きっともう掌は乾いている。
「欲しければ上げますよ、そんなの。」
「やだ。なんかそう言うと簡単過ぎて、有難みゼロだわ。」
「何だそれは。」
「出し渋って。」
「面倒くさい人ですね。良いじゃないですか、差し上げますって。」
「すること無いの?」
「ありますよ、山ほど。仕事関係と、あと走ったり筋トレしたり体力維持とか。」
「飲み会は?」
「ああ確かにセンターのとか他病棟のとか、たまに商社時代の同期会とかありますね。でも別に出なくても良いです。まあさすがにセンターのはまずいかもしれませんけど。そうだ、絵梨花さんも来たら良いじゃないでですか。」
「はあ?行きませんよ、そんなの。」
「何で?」
「職域越権は致しません。」
うわ、何だこの人、飲み会に職域とか言い出してるし、とわざと聞こえるように言っている。
「そうだ、合コンは?」
「やっぱりMRI予約しときましょうか?だから俺は一度に一人だって。」
わざと言わせて安心したりしてるって、何?全く44にもなろうと言うのに。照れ隠しに思いっきり不愛想な声が出てしまう。
「忙しいじゃない。」
「一緒にやればいいだけのことですよ。」
「え?」
「救急の勉強、したらきっと役に立ちますよ、消化器内科でも。」
「え、うん、そりゃそうだろうけど。」
「あとは一緒に走りましょうって。」
「ええー。」
「ああ、こっちか。絵梨花さん、部活どこだったんですか?俺はバスケ部でしたけど。」
「全くどうしてそうモテ街道まっしぐらなんだろうねえ。」
「そうですか?」
「わかってて言うってどうなの?」
クスリと笑っている。この男にとってモテるというのは息をするのと同じことなんだろうか、きっと。
「で、絵梨花さんは?」
「…水泳部。」
「え?」
「だから、水泳部だって。」
「へええ。」
「あ、ちょっと。今いやらしいこと想像したでしょ。」
「してませんよ、そんなの。」
「ほんとに?」
「まあちょっとは。っていうか、高校時代、水泳部の女子って眩しさしかなかったですからね。」
「そうなの?」
「はい。そうじゃありませんでした?彼氏、いたんでしょ?」
「うん、いやそりゃそうだけど。」
「やっぱり水泳部?」
「違う。」
「どこ?」
「別に知らなくても良くない?」
「知りたいですねえ、隠されると特に。」
「じゃあそっちが先。」
「俺ですか?」
「そう。」
「ええと、あ、ちょっと待てよ。うーん、」
考え込んでいるところが恐ろしい。全くこいつは。
「思い出した。確か、」
確か?
「硬テ、陸上、バスケ、あれ、どっかでバドも入ってたような。」
思いっきり溜息を吹きかけてやる。
「ロクでもないよね、ほんとに。」
「ですかね。」
動じず。
「いないじゃん、水泳部。」
「だから水泳部は観賞用。」
「大バカ。」
あっはっはと愉快そうに目を細めている。やっぱり綺麗な瞳だ。
「で、絵梨花さんの彼氏は?」
「…バスケ部。」
さらなる笑い声がバーに響いた。
そんな誕生日だった。相変わらず本気だか冗談だかわからないうちにその夜は過ぎた。
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