1.1月25日、由良希彦37歳

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「あいつで大丈夫?」 いつものように他人行儀な会釈で通り過ぎようとしたら、いきなりそんな声をかけられた。何年ぶりかというくらいに声を聞いたというのに、何なんだ、一体。“鬼の上島のひと睨み”(失礼にもほどがある)と言われているのは多分これだという目でねめつけたのに、しょせん七年もつき合った相手には何にも通用しなかった。 しっかりとした眉毛、眼窩がくぼんだ大きな二重、長いまつ毛、高い鼻梁、一度見たら絶対に忘れない彫りの深い顔立ち。普段から引き締まっているその顔が、緊急時に更に鋭敏になるのを見るのが本当に好きだった。私の上で甘やかな吐息を漏らす時の色香には蕩けてしまった。何もかも覚えている。未だに。 「何ですか、いきなり。」 余裕を見せろと頭が激しく指示を出しているのに、心が勝手に尖った声を出させている。これじゃ話す前から負けているようなものだ。 「ちょっと時間ある?」 救急センター長が口にする言葉としては、これほど奇妙なものがあるだろうか。でも実際、私はお昼休みだったし、何よりこれからこの人が何を言うのかに興味をひかれた。わざとらしく時計を見て、 「10分でしたら。」 と勿体をつける。そんな私の何もかもを承知しているような微かな笑い声をたてて、 「じゃあ屋上行こう。」 貴久はそっと背中を押してきた。 触れられるのだって何年ぶりなのに、勝手に背中が寄りかかろうとしているようで慌てる。なに色々反応してるのよ、何年経ったと思ってんの。並んでエレベーターホールまで歩いて行けば注目を集めているのが、自意識過剰でなくはっきりとわかった。この人はただでさえ目立つのに、隣にいるのが私だとすれば明日には噂が院内を駆け巡ってるはずだ。 「相変わらず君は目立つね。」 よく知っている微かな甘い香りを漂わせながらそんなことを言ってのける。 「私じゃないですよ。」 はは、と軽い笑い声が降りてきた。もしかしてふてくされたように聞こえてしまったのではないだろうか。どういう風に話せばいいかさっぱりわからない。この人と言葉を交わすことなんてもう一生無いだろうと思っていたから、こういう突然は困る。本当に困る。 開いたエレベーターに乗り込んで、黙ったまま階数表示を睨む。永久に着かないのかと思うくらいの時間が経って、ようやく屋上庭園に着いた。新しく出来たばかりの、まだ木々もまばらな庭園。晴天とは言え、二月だ、カーデガンだけではさすがに肌寒い。肩をすくめた私に気付いて、 「悪い。やっぱり寒いよな、それじゃ。」 とさっさと白衣を脱いでいる。 「止めて下さい。それ脱いだらオペ着じゃないですか。」 渡そうとしてくるのを押しとどめたら、手がぶつかった。一瞬だけどその固さと温かさを覚えていた。慌てて手を引っ込めながら歩き出す。 「大丈夫ですよ。陽だまり、探しましょう。」 丁度中ほどに金色に照らされたベンチがあって、さすがに真冬のせいか誰も座っていないのも丁度良かった。先に腰を下ろすと、十分紳士的な間をとって隣に座る。そういうところもとてもスマートだった、そう言えば。
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