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魔界ランド。
それは魔界平野にそびえる人気の遊園地である。
年中無休、24時間営業がウリ。ゴージャス、 ワンダフル、ドリーミーの三拍子揃った娯楽の殿堂。
その総支配人は何を隠そう、魔界大公爵の一人、魔王ルウ・バーモンドなのだ。
彼女が視察と称して足を運んだのは、実に千年ぶりのことである。
「相変わらず大盛況じゃのゥ」
昼下がり。
ゲートにかかった極彩色のアーチを抜けたルウは、乙女心を呼び覚ますピンクのフリルワンピースを身にまとっている。
ニコとノックの二人組に燃やされた髪を綺麗に切りそろえ、歩を進めるたびに腰まで伸びた赤毛を優雅に揺らしていた。
「そうですね、ルウ様」
そんな彼女をエスコートしている少年の名はリリップ。
魔界伯爵でもある魔王リリリン自慢の息子である。
12歳の彼は隣にいる美少女をちらちら見ながら、場内のメイン・ストリートを並んで歩いていた。
魔族といえども異性を意識するお年頃なのかもしれない。
「おろろ? ルウちゃん、そんなおめかしして、どうしたんスか。ははあ、さては……デートっスね?」
二人を見かけたノックは軽い調子で声をかけた。
「いかにも」
ルウはわざとらしく、リリップに腕を絡ませる。
彼は突然のことに顔を赤らめることしかできなかった。
「ところでノック、メロンパンの売れ行きはどうじゃ?」
ルウは〈ノックのメロメロスイートなメロンパン屋さん〉と掲げられた看板の前に立って言った。
「もうすぐ売り切れって感じっス。もう飛ぶように売れてまスよ」
ノックはホクホクした顔を見せた。
日が昇る前から厨房の窯で焼き上げたメロンパンは200個。ルウが朝食で食べるのがいつも3個、おやつに2個なので、毎日195個を商品として売っている。
それがランチタイムを過ぎるころには数個しか残っていない。
彼の屋台は評判が評判を呼び、今や魔界ランドの名物店とまで呼ばれるようになっていたのだ。
外はサクッと中ふんわりィ。
老若男女を問わず、一口食べればメロメロになること間違いなし。
「その調子で魔界にメロンパンを広めるのじゃ。そのために人間界からおぬしらを連れてきたことを忘れるでないぞ。ところでニコのヤツは顔を見せんが、またサトウキビ畑に行ったのか?」
「でスね。ニコさんしかあんなところに行けないっス」
「だな。あの邪竜ファミリーと仲良くならねば、大量の砂糖は手に入らんのは事実。まったく人間のくせに大したヤツじゃわい」
「ニコさんは女にモテませんけど、なんていうか変わった人とか生き物にはすぐ気に入られんでスよ」
「それは言えるのゥ。で、その変な人とはおまえのことじゃな」
「ひどいっス。ルウちゃんもでしょ」
二人は声を合わせて笑った。
9歳の小さな身体を笑いながら揺するルウのかたわらで、愛想笑いをしているリリップ。
なんのことだかわからないけれど、そうするのが正解だと思ったのだ。
彼は容姿端麗、頭脳明晰なお坊ちゃま。
魔界学園初等部の学年リーダーは、まだ若いのに人付き合いの大切さを知っていらっしゃる。
「待たせたなリリップ。では行こうか」
ルウはノックに笑顔を向けた。
ノックは手を振り、二人を見送る。
入れ違いに親子三人連れが屋台にやってきた。
小さな子供が嬉しそうにノックからメロンパンを受け取っている。
これで残りわずか。
そろそろ店じまいになるだろう。
「ルウ様、次はどちらに向かわれますか?」
内心ではドギマギしているけれど、それを顔に出さないようにリリップは訊いた。
ずっと絡まっているルウの細い腕。
伝わってくるほのかな体温で、彼は彼女を裸で抱きしめたような温かさを感じていた。
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