魔界ランド

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 ルウが向かった先は、〈ハウス小母さんの占い館〉。  赤い三角屋根の石造りの家。  その木の扉を開けると、そこは薄暗い空間だった。 「イラッシャイマセ」  虹色のオウムが二人を出迎えた。 「ハウスはおるか?」  ルウは尋ねた。  オウムはしきりに首を傾げて、 「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」としか言わない。  ルウは肩をすぼめる。 「もうよい。勝手に通らせてもらうぞ」 「ヤダモウ、ソコハダメヨ。ダメッタラダメナンダカラァ」  ツッコむこともなく、シレッと彼女は暗幕の奥へと進んだ。  ポカンと口を開けていたリリップは気を取り直し、後に続く。  薄暗い部屋。うっすらと顔が識別できるくらいの明るさしかない。  目を凝らすと、黒いドレスを着た水色の髪の女性がいた。  彼が小さいときに何度か挨拶したことがある人だった。 「やっと来たわね、ルウ。遅かったじゃない」  ハウス小母さんは水晶玉が乗ったテーブルの奥に座っていた。 「おぬしの愛人に会ってきたぞ」  ロウソクの火が揺らめいて、ハウス小母さんの妖艶さが一層際立って見える。  本人からしてみれば、無邪気に笑ったつもりかもしれないけれど。 「そちらのお坊ちゃんは?」 「リリリンの息子じゃ。知っておろう?」 「あら、大きくなって。こっちに来てお座んなさいな」 「ご無沙汰しております、ハウス様」  リリップは恭しく頭を下げた。 「ふふ。あなたとルウとの相性を占ってみようかしら?」  ハウス小母さんは水晶玉に手をかざし、エグい何かをググろうとしている。 「あーっ、そんな、やめてください!」  リリップは全力で両手を振った。 「そんなに照れなくともよかろう。まあよい、そこに座れ」  顔を真っ赤にしたリリップを放り出し、席についたルウとハウス小母さんは、それから30分ほど世間話に夢中だった。  その間、リリップはニコニコと愛想笑いを絶やさず、二人の話に耳を傾けていたけれど、内容なんかさっぱりわからない。  ただ、  ニコという男の人がルウの下僕だということ  さっき会ったノックがその人の従者だということ  それより何より、なんとその二人が人間だということ  だけはフワッと理解できた。  でもまだ話は続いている。  リリップはあくびを噛み殺していた。  眠気を覚まそうとして、ノックからこっそり分けてもらったメロンパンをかじりだす。  ……ウヒョイ! おいしーい!  なんだこれ?  初めて食べた。  こんな素晴らしいものをルウ様はタダ同然でみんなに配っているんだ。  やっぱりすごい人なんだね。  お母さんが尊敬するわけだ。  同じ魔王なのにね。  ふと、リリップは授業で習った魔界の歴史を思い返していた。  魔王とは、大昔の〈番長〉制度の名残。大番長、総番長、影番や裏番とかいう名称の役職があったって聞いている。  なろうと思えば、強い魔法が使えなくちゃいけないけれど、それだけじゃダメ。  知恵と勇気と愛を兼ね備えた者、それが〈魔王〉。  1チップの儲けにもならないのに、なってもいいことなんて1個もないのにバカみたいだ、なんて思っていたけれど、ルウ様を見ていると、そうじゃないってわかってきた。  ウチのお母さんもお父さんが死んじゃってつらいはずなのに、いつも僕のために頑張ってくれている。  慕ってくれる人たちに笑顔で接している。  偉いなぁ。  もう少し僕も頑張ってみようかなぁ。 「ハウスさーん、終わりましたヨ。一緒に帰りませんか?」  暗幕の向こう側からノックの声が聞こえてきた。 「どっせい!」  どうしたわけか一瞬でハウス小母さんの〈魔導〉が炸裂し、空中宙返りとトリプルアクセルが見事に決まった。  そのままルウとリリップの背後に回ると、 「ダーリーン! 遅かったじゃなーい」と言って、暗幕の向こう側に消える。 「え? えーっ!」  リリップは素っ頓狂な声を上げた。  ルウは特段驚く素振りを見せない。  リリップは振り返り、暗幕を眺めている。  すぐに向こう側から、うゥーんというハウス小母さんの声が届いてきた。  本能的にリリップはうつむいてしまう。 「挨拶のキスじゃ。気にするでない」  ルウはリリップに顔を向けて言った。  彼はキスという行為がどんなものかぐらい知っている。  彼の友人たちだってそうだ。だけど経験した子はいない。  彼だってそうである。 「なんじゃ? われの顔に何かついているのか?」 「いいえ、何でもありません」  リリップは無意識に彼女の唇を見つめていることに気づき、サラサラの金髪が揺れるほど大きく顔を逸らした。  
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