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「カスミはすごいな、科学者か?」
「ちがいます」
「こんな素晴らしいモノをもらっていいのか」
「どうぞ、どうぞ」
「ありがとう」
定価100円を切るカイロを、アレクは大事そうに胸に抱いた。
「手に温もりを感じたのは、どれくらいぶりだろうか。それに、こんなにも温かな気持ちになったのも久しぶりだ。だれかと言葉を交わせるというのは、じつにいい」
伯爵には、友達がいないのだろうか。
あまりに美しすぎて近寄りがたい雰囲気はたしかにあるが、偉そうでもないし、使い捨てカイロに感動している様は可愛らしくもある。
「決めた。カスミ、少し気が早いかもしれないが、わたしはここに拠点を移そうと思う」
「ホーム? 家でも買うのですか」
「まあ、それに近い。美味しい珈琲を淹れてくれる素晴らしいマスターとの出会いを、これで終わりにする気はない」
「そこまでこだわりのある珈琲でもないのですが」
「わたしにとっては、かけがえのない喜びなんだ」
いつの間にかカスミの右手は、アレクの両手に包み込まれるように握られていた。
「これからも、わたしに最高の珈琲を飲む喜びを与えてくれないだろうか」
慣れって怖いな。
至近距離にあるアレクの美貌に、だんだんと目が慣れてきていた。
観光以外、たいして娯楽のない町だ。
こんな美形を間近で拝めるだけでも、ありがたいことじゃないか。
「もちろんです。いつでもいらしてください」
そもそも、オーナーである稜子さんのお客様だ。断る理由はない。
「ありがとう。この日を、わたしは決して忘れない」
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