1話

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 * * *  秋の香りがした。  これは金木犀(きんもくせい)だろう……風に乗り漂ってきた、その匂いにどこか懐かしさを感じながら、私は閉じていた目を開ける。  夢の中にいるような頭のぼんやり感。一瞬、自分がどこにいて何をしに来ているのか、分からなかったが思い出す。  私は、親の友人が経営している''稲夜(いなや)茶屋"で働くため、この京都朱華(はねず)市へ来ている。稲夜茶屋は朱華市にある朱華稲荷神社(はねずいなりじんじゃ)の周辺にあるのだが、私は目を開けると既にその神社の境内にいた。  この神社へ用事はないはずなのに、何故ここにいるのかは思い出せないが、約束の時間が近づいているので、急いで神社の階段を降りて、目的の茶屋へ向かう。  高校を卒業した私であったが、特に働きたい場所であったり、大学へ行き何をしたいか等も無かったので、親から突然と伝えられた。  『友達の経営している茶屋が人手不足らしく、是非とも貴方に働いてほしいそうよ』  という話が来た時は、快く引き受けた。  私については事前に相手へ伝えてあるらしく、しかも親の知り合いであるので働きやすそうと思った。有難い話だ。  そう来る前の事を思い出しながら、急ぎ足で石畳の道を歩いていると、日本の美しい和を感じさせつつも、古すぎずモダンな瓦屋根の建物が見えてきた。
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