プロローグ

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

プロローグ

 「君に、ここの中華を食べさせてあげたくてね」  微笑みながら話す男は、ロマンスグレーの髪をきちんとセットし、仕立ての良いスーツに身を包み、その袖からチラリと覗く腕時計は重厚な輝きを放っている。50代にしては若く見えるが、品のある佇まいは年齢を重ねて出る大人の上品さだ。  「ありがとうございます。私が本田さんと二人で食事をしているなんて、父が知ったら、驚くでしょうね」  同席している若い女は、父親と面識のあるこの男と一緒にいる背徳感と、この先起こる事を想像すると胸が締め付けられるように苦しくなり、大きな目潤ませたが、その心の内を隠して男に微笑んだ。上品なワンピースに身を包んだ女は、しっかりと化粧をしているが、童顔は隠せておらず「可愛い」を絵に描いたような容姿と仕草で、豪華な食事と男との会話を楽しもうと無理やり笑顔を作る。  一流ホテルの中華店の個室に周りの目は無いが、二人の様子は仲の良い親子か、パパ活の一場面かに見える。しかし、二人は何も気にすること無く、食事を楽しんだ。  二人は食事を終えると、女が二十一歳になったお祝いをするため、最高の夜景が見えるホテルのバーへと訪れた。  背の低い女は綺麗に着飾っても、とても二十歳を超えているようには見えず、まだ高校生と言った方が腑に落ちる。しかも、柔らかな明かりしかないボックス席で並んでグラスを傾ける姿は、親子には見えないほど親密に写り、顔を寄せ合い話し込む様子はこの後も続く濃厚な夜を想像させた。  女が慣れない酒に酔い、頬を赤く火照らせながら男の腕を借り歩く姿と、女の腰に遠慮なく手を回し支えている男の姿は客室のあるフロアへと向かう。  ホテルの部屋に一緒に入って行く姿は、これから起こる大人の時間を易々と想像させた。  しかし、5分も経たないうちに男は部屋を出て来ると、ホテルを後にした。  その10分ほど後に、女が部屋を出てきたが、入って行った時とは違い、笑顔は無く、周りをうかがうようにふらつく足でホテルを出ると、夜の闇に消えた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!