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蜘蛛の糸
金曜日 午後20:03分
大井町駅付近
ファッションホテル・ラブリーテイル
この匂い? いつもの匂い
何だか体が疼く
もしかして今日こそ抱いてくれるかしら・・・
「清美君、清美君、起きてください」
目を開くと吉田部長の顔が見えた。覆いかぶさっている姿を想像していたのだがそうでは無くベッドの横に椅子を置いて座っている。しかも全裸で。そして私の様子をうかがっている。
「ヴぁヴぁ」
ナニ? ナニ? ナニ? 声が出ないじゃない
「今は喋れないようにしてますので我慢してくださいね。それと服を脱がしましたのでそれも我慢してください。あと体は服従させていますが思考までは奪ってませんので」
私しハダカ?
体が動かない?
服従って何よ?
「目の上に手を置きますね」
大きな手
「清美君、君には私の眷属が昔お世話になりました。いつかその恩を返したいと思っていたのですよ」
何を言っているのかしら?
吉田部長の眷属に恩を売った覚えは無い
・・・眷属って何よ
「今から君に恋人を宛がいますで少しの間付き合ってくださいね」
ありがた迷惑なことね
私の目の上に置かれた大きな手が横にスライドして視界から消えた。すると目の前に数百本の糸が降りて来た。
「では清美君、この蜘蛛の糸のどれか1つを選んで指でつまんでください」
私は何故だか部長の言葉通りに行動しようとしている。そして蜘蛛の糸をつまもうとしたが腕が動かないし手が動かない。
「これは失敬、右腕と手を動くようにしますね」
吉田部長が私の右手に触れるとすぐに動くようになった。
「では糸をつまんでください」
私は言われるまま手を上げて蜘蛛の糸を1本だけ指でつまんだ。
「ではその蜘蛛の糸の先端を額に押し当ててください──あ、それと糸はつまんだままにしておいてくださいね」
私は糸を額に押し当てた。
すると脳裏に何処かの部屋で鏡に向かって化粧をしている少女の後ろ姿が映し出された。
「今見えたと思いますが、それが清美君と縁が結ばれた恋人になる相手です」
え! え! 今の彼女が私の恋人なの?
「カメラの切り替えは見たいアングルを想像すれば近くにいる家蜘蛛達が互いに補完しあって見せてくれますよ。家蜘蛛は家の大小にもよりますがおおよそ100匹から500匹はスタンバイしていますので死角はないかと思います」
家蜘蛛?
これは蜘蛛が見せてくれているの?
私は前、横、後ろ、斜めと色々な角度から少女の姿を見た。
凄い美少女
これはヤバイわね
「ちょっといいですか、私も見てみたいので」
吉田部長が糸の途中をつまんだ。
そしてすぐに指を離してタブレットで検索を始めた。
「あ~ 彼女は女性に見えますが男性ですね」
え! なに? 女装美少年だったの
これが本物の男の娘なんだ!
「でもまあ可愛いのでOKでしょ~ ──OKですよね?」
OKかな~?
「因みに相手からは清美君の事を見る事はできません。それと清美君がどんなにひどい仕打ちをしたとしても繋がった糸は切れません」
それって何でもやりたい放題?
「この糸も清美君以外には見えませんので日常生活に支障は無いでしょう。安心してください」
それって不思議な糸って事?
もしかして霊的なヤツなの?
「ただし、指で糸をつまんで見ている間は声を発すると相互に聞こえてしまいますので喋らない方が無難ですよ。神の声かと思われちゃいますからねwww」
・・・
「そして清美君がこの蜘蛛の糸を切りたいと思ったら相手を拒絶してください。そうすればすぐに糸が切れて縁も切れます。切れたら翌日の朝1時にまた蜘蛛の糸が降りてきますのでNext Challengeしてください」
なぜそこだけ英語!
しかも流暢な発音で
「あと全裸は今日だけですので安心してください。家蜘蛛の場合初回は全裸じゃないと通りが悪くてうまくコネクトしないんですよ。外蜘蛛なら服着たままでも大丈夫なんですけどね」
吉田部長は服を着て身なりを整え始めた。どうやら私の事を抱く気は無いようだ。
「あっ! 言い忘れていましたが、私は明日の、いや厳密には今日からアメリカに出張する準備をしますので清美君とは当分会えないと思います」
えっ、吉田部長がアメリカへ出張?
聞いてない
「ひとつだけ忠告します」
なんだろう?
「くれぐれもお酒には呑まれないようにしてくださいね」
言われなくてもわかってますよォ~だ
「では清美君、しばらくの間ですがお元気で。──ところで清美君の苗字って何だったですかね~ いつも名前の方で呼んでいるので忘れてしまいましたよ」
このオッサンはボケているのか!
清美が苗字でウグイスが名前だ!
「あ~ そう言えばまだ喋れませんでしたね。でもまあ今解除すると文句タラタラでしょうから今はそのままで。一旦寝てもらって起きたら自然と解除されますのでご安心を」
今すぐ解除しなさいよ!
「苗字は今度会った時にでも教えてくださいね」
今度っていつ?
いつ帰って来るのよ!
聞きたいことはいっぱいあるのに声が出ないし
「それでは少し寝てください。このホテルの支払いは私がしておきますので。──ではおやすみなさい」
ご親切いたみいります
って違うだろ!
この状況は何なのよ!
吉田部長の大きな手がまた目の上に乗せられた。すると私はいつの間にか心地よい眠りについてしまっていた。
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