4章 昔話の中身

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 誰にとって不条理か。それは取り殺された喬生ではないのだろうか。  喬生とはどんな男だったのだろう。妻をなくしたばかりで女を家に連れ込む。喬生のわからないところはせっかく札で来訪を防いだのにわざわざ本体のいる湖心寺に行ったことだ。  そこまで考えて、俺も同じように髑髏の本体のところに向かっているのだなと思うと薄ら寒くは思えてくる。行きたくねぇ。けれども祓うには行くしかねぇ。  うん?  そもそも喬生は何故わざわざ行ったのだ。喬生は麗卿を祓えていたはずだ。近寄らなければ何も問題なかったはずだ。  面白半分? 友人に話して酔ったついでに肝試しのつもりで?  そんな馬鹿な。 「この話で調伏されたのは、つまり悪は3人です。喬生を取り殺した麗卿。その術具である従者金連。そして喬生」 「喬生が何をしたっていうんだ」 「妖とはいえ17歳の生娘を引っ掛けて半月ほど弄んで無残に捨てたんです。恨まれても仕方がないでしょう。喬生を取り殺すまで麗卿は人を殺したりなどしていなかった。だから瞿佑は懲悪のために被害者であるはずの喬生を祓わせたのです」  弄んで無残に捨てた?  隣人が麗卿が髑髏であることを見破ったんじゃないのか? うん? 死体は瑞々しかったのか? どういうことだ。 「結局ね、麗卿が骨だと言ったのは隣人だけで喬生は見ていないんですよ。隣人の嫌がらせや言いがかりを喬生が丁度いいと思って利用したのかもしれませんね。恐ろしい姿を見ていない喬生の主観に危機感はない。だからのこのこ酔った勢いで捨てた女の家の前までからかいに行った」 「おい」 「だってほら」  妾與君素非相識,偶與燈下一見,感君之意(私とあなたは燈籠祭で初めて会ってあなたは私を好きになってくれました)。  遂以全體事君,暮往朝來,於君不薄(だから私はあなたに全てを捧げて夜に来ては朝に帰りあなたに尽くしたのに)。  奈何信妖道士之言,遽生疑惑,便欲永絶(それなのにおかしな道士の言うように急に私を疑ってそれっきりです)。  薄倖如是,妾恨君深矣(あなたは何て酷い人とお恨みしました)。  今幸得見,豈能相舍(けれどもやっとお会いできました。だからもう諦めることはできません)。  なんだか急に、悲しくなった。  麗卿は捨てられたのか。一途にすがりつくその姿が急に哀れに思えてくる。 「喬生が拒絶しなければ喬生は死ななかったのか?」 「少なくとも、麗卿にそのようなつもりはなかったように思われますねぇ。剪灯新話には恋人と1年暮らしてあの世に返ったり姿を消したりする幽霊の話もありますし。屑のような男は普通にいます。出会いが悪かったのでしょう」 「出会い、か」 「だから哲佐君は麗卿をすげなく扱わないであげてくださいね」 「うん」
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