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ヒューっという細い笛の音のあとに、パッと金色の火花で象られた菊の花が視界いっぱいに広がる。次いでドーンと鼓膜を揺らすほどの大きな音が鳴り響いた。
「たぁまやぁ」
隣で花音が笑いながら、弾んだ声を上げた。
咲は今にも火花が落ちてきそうなほどごく間近で上がった花火に、惚けたままひたすら空を見上げていた。
「咲ちゃん、大丈夫?」
あまりに咲が一点だけを見つめているので、花音が心配をして顔を覗き込む。
「あ、はい、大丈夫です」
突然、視界に現れた花音に、咲は驚いて我に返った。
ここは華村ビルの屋上。最初に会った日の約束どおり、花音は日向川花火大会の鑑賞会に咲を誘ってくれたのだった。
花音の祖母が生きていた頃は毎年の恒例行事だったらしいが、亡くなってからは久しく行われていない。今回が五年ぶりの開催だそうだ。
凛太郎や悠太はもちろん、文乃と亮介、川上一家も交えてバーベキューついでに花火鑑賞をしていた。
背後で聞こえる賑やかな話し声が心地よい。
「いえ、こんなに間近で花火を見たことがなかったので。見惚れて、魂が抜け出てしまいました」
「魂が抜け出たって……」
花音がクスリと笑い、「たしかにそんな顔してた」と悪戯っぽい表情を浮かべる。
「なんですか、そんな顔って」
咲はムッとして頬を膨らませた。それをまた花音が可笑しそうに笑う。
そんな花音を眺め、咲はギュッと手すりを握り締めた。
「あの、花音さん……」
心を決め、花音を見上げる。
うん? と見つめ返す花音の眼差しはどこまでも優しく、思わず心臓が跳ね上がりそうになる。
「えっと、先日のお話ですが──」
「先日のお話?」
花音の片眉がピクリと動いた。
そうです、と早まる鼓動を落ち着かせ、咲は続けた。
「あの、もしまだ、こちらのお部屋に空きがあるようでしたら、ぜひ入居させていただきたいのですが」
咲の申し出に、花音はあからさまにガッカリとした顔をする。
「……あ、あれっ? もしかして、もう決まってしまいました?」
あの帰り道の車の中で、返事は花火大会の日まで待つからと言っていたので、てっきり大丈夫だと思っていたのだが。
「ううん。大丈夫。部屋はまだ空いているよ」
花音はユルユルと首を振った。
「そうなんですか?」と咲は首を傾げた。
「……それなら私ではダメってことなんですね」
しょんぼりと肩を落とす。
「えっ、いや、そうじゃなくて……」
花音は慌てて手を振る。それから、ガシガシと頭を掻き回し、ハァと大きくため息をついた。
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