If~もしも~

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 年が明ければ、眞美子は四十七歳になる。  今年の春で結婚してちょうど二十年。同じく今年大学に入学した一人娘は、夏に十九歳になった。 『がんかもしれない』  初めてその可能性を我が事として捉えたとき頭に過ぎったのは、今の状態のまま生を終えたくない、ということだけだった。  もしも長くは生きられないというのなら、限られた時間を夫と一緒に過ごすのは嫌だ。今すぐにでも離れたい。  仕事でも娘でも、自分の命そのものでさえなく。真っ先に眞美子の心を占めたのは、そんな感情だったのだ。  ずっと我慢して夫と生活して来たわけではない。  少なくとも、眞美子には「我慢して来た」という自覚はなかった。  仕事と育児で文字通り目の回るような日々を送って来て、愚痴を零す暇さえなく過ぎた年月。  己の人生に後悔はない。仕事では結果も出して来た。娘も十分いい子に育ってくれたと思っている。  けれども、今まで不満を抱くことがなかったとは到底言えないのも確かだ。  生活の中にいくつもあった不満の種を、育てる余裕など時間にも心にもなかっただけ。それでも、種は決してそのまま消滅などしなかった。  ──時間がなくなる、かもしれない現実に直面して、眠らせてしまっていた種が一気に芽吹いたのだ。
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