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「いらっしゃいませぇ~」
そんな和やかなタイミングで、いらぬ来客がある。
「あぁ 日置さぁん」
この店には不似合いな、若い女の子の声。
「…‼三沢さん」
「ぐうぜーん」
そう言って、僕らのテーブルの隣にさらっと座る。
いや、こんな奥まった居酒屋に観光客が来るなんて偶然なのか?
「日置さん夕食ですかぁ?」
決して派手ではないけど、ちょっとぶりっ子に見えて鼻につくしぐさ。
田中さんや蒼さんを見慣れたせいか、そのネイルや指の動きも、何となくちょっとうっとうしい。
「すごいね、この店見つけるなんて」
ちょっと探り探り話しかける。
「私ィ、嗅覚鋭いんです。おいしいお店見つけちゃう的な?」
どんなだよ!
「そ、そうなんだ。」
田中さんが、蒼さんと目配せする。
「日置、そろそろ出ようか?」
蒼さんがさりげなく僕に退店を促す。
「えぇ」
「よかったら少し一緒に飲みましょうよぉ」
三沢さんの友達が、そう言って蒼さんを引き留める。
「すいません、私たちはそろそろ…」
蒼さんはいつもの営業スマイルを見せる。
「この子、せっかく入社したのに、日置さん会社にいなくて、ここまで会いに来たんですよ」
は?
「日置さんに会いたくて…、むっちゃ頑張ったんです」
ちょっと伏目にして、そのあと上目遣いで僕を見る三沢さん。
思い出した。
バイトの男の子が話してた。
『芽衣ちゃんのあの上目遣いにさぁおれよわいんだよね』
『あぁわかる、あれを断れる男絶対いないよな』
そんな会話。
これかぁ
確かにこんな目を向けられたら、ちょっとひるんでしまう。
でも、僕は背中からの視線に気づいていた。
蒼さんがきっと僕の反応をうかがっているであろうまっすぐな視線。
「…。日置さん…だめぇ?」
三沢さんはなおも迫っくる。
すると、田中さんがすくっと立ち上がり、
「ごめんなさい、ほんとにもうおなかもいっぱいだし時間も深くなっちゃうので」と腕時計を見た。
そのしぐさと笑顔は、その場の空気を圧倒するほど妖艶で、素敵だった。
「直人、行こう?」と田中さんは僕の腕をとった。
え?戸惑って田中さんを見上げると顎で合図してきた。
あ、そういうことか、恋人のふりしてくれてるんだ。
そう思って
「あ、う うん」と僕も芝居に乗った。うまくできたかな?
「じゃ、ほんとごめんね三沢さん」
そう言って笑顔を作る。
「でも、僕なんかのためにありがとう、旅行楽しんでね。」
そう言った僕に、三沢さんたちは、ただ僕らを見つめているしかできなかった。
そのくらい、田中さんは圧倒的だった。
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