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夏の終わりから、冬のパンフレットを作るのは、結構大変な作業だ。まだまだ暑いのに、『湯煙』とか『鍋』とか考えるのはなかなかぴんと来ない。
でも、今日中に青写真くらいは何とかしたい。
夜勤さんが出勤してくる時間になって、ようやく何とか形になった。
一息入れようと思って、休憩室でコーヒーを飲むことにした。
シロップをたくさん入れて甘くする。何故だかわからない罪悪感と、自分を甘やかしている贅沢感で口の中に広がる甘いコーヒーを堪能できる。
「あれ お疲れさま」すっかりくつろいでいた耳に届いた声にドキッとする。
「あ 間宮さん…!」振り向くと、どうやら風呂上りらしい間宮さんがいた。
いつもはきれいにバックに整えられた髪は、ナチュラルに前髪を垂らして、らしくない少し襟のよれたTシャツから、鎖骨がのぞいている。いわゆるギャップ萌えに、同じ男なのにときめいてしまう。落ち着け—と自分に言い聞かせる。
「まだ仕事してたの?」僕の全身を見て、間宮さんがたずねる。
「あ はい。今終わったとこです。」
僕がそう答えると、間宮さんは自分のカップにコーヒーを入れて、僕の隣に座る。心臓がうるさい。静かな休憩室では、間宮さんに聞かれてしまいそうだ。
顔も赤くなってしまっているだろう。まともに横を見ることもできない。
「あ そうだ」そう言って目の前の棚にあった、缶を取って開ける。
「これ、田中が隠してるチョコなんだけど、一個づつ食べちゃお。」と間宮さんがいたずらっ子のように笑う。
「え?い いいんですか?!」
「一個づつならばれないし。なんか罪悪感ってお菓子をおいしくするよね。」
はい と包みを開いて僕に差し出す。戸惑っていると
「日置君も共犯。あーん」とチョコを俺の唇にそっと押し付ける。
仕方なく口を開く。ポトンと口の中にチョコがおとされる。なんて官能的な時間なんだろう。チョコの味なんてわからない。そして、あろうことか間宮さんはそのチョコの付いた指を—舐めた—
僕の心拍数は異常なほど跳ね上がっている。かろうじて、表向きの平常心は保てているだろうか?
「日置君だいじょうぶ?」覗き込もうとする間宮さんの気配に、少し顔をそらして、
「た 田中さんにおこられないですかね?」と繰り返した。
「あぁ大丈夫だよ。俺結構食べてるけど、田中全然気づかないみたいだし」と間宮さんは笑った。
少しの沈黙。僕は緊張ともやもやした気持ちが大きくなるのを、気付かない振りしようと、必死だった。
「ふふ 田中が、日置君のことかわいがるの、わかるなぁ」間宮さんが沈黙を破る。
「え?」
「あいつ弟居るんだけどさ、なんか日置君て雰囲気似てるんだよね。」
「は はぁ」
どう思えばいいの?それ?田中さんのことなら何でも知ってるし、わかっちゃうんですね?やだな、僕…完全に嫉妬だ…!
「ま 間宮さんは 田中さんのことなら何でもわかっちゃうんですね」
言ってから『しまった』と思った。自分でもびっくりするくらい、棘のある言い方になってしまった。
「え?」間宮さんも驚いている。
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