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とある山奥に願いが叶うという泉があった。
そこへやって来た兄弟。
身丈は同じだが、兄は人間で、弟は人形の姿をしていた。木製で簡素な服を着た人型の人形である。
この兄弟、ひょんな事から魔女により、姿を変える魔法をかけられてしまった。
だが、今日ようやく魔法の呪縛から解放される。
泉を前にして、弟は木製の口もとに笑みを浮かばせた。
「兄さん、やっと元の姿に戻れるんだね」
その言葉に兄も、深く頷く。その瞳は、望む未来がすぐそこにある事を確信しキラキラと輝いていた。
「あぁ、弟よ。この日をどれだけ待ち焦がれた事か」
「兄さん……」
「弟よ」
兄弟は喜びを胸に抱擁した。
変わり果てた姿になってしまい十年、長い月日を経てついに願いが叶う。どれだけの苦難を乗り越えて来ただろう。危機に面するたび、諦める事なく立ち向かって来た。
兄弟の深い絆に、言葉など必要はなく、互いに抱きしめ合う。
弟の肩に顔を埋めた兄の目からは涙が溢れていた。
「兄さん、ほら。顔を上げて。もう泣くのはこれが最後だ」
「あぁ、そうだな。早く願いを叶えてもらおう」
「じゃあ、僕が言うよ? 心の準備はいいかい?」
「いいとも」
人形の姿をした弟は、一度大きく息をした。
ようやく元の姿に戻る事ができるんだ。
弟は、泉に向かって叫んだ。
「元の姿に戻してくださいっ!」
すると真っ白な霧が出てきたかと思うと、たちまちふたりを覆った。
兄弟は軽い足取りで、帰路を目指していく。
「元の姿に戻ってよかったね」
笑いかける弟に、兄は木製の腕を豪快にあげて見せた。
「あぁ、やっぱりこの姿が一番だ。人間なんて、風邪ひくし、食べなきゃ動けなくなるし、生きづらいったらありゃしない」
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