ーとまり木

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ーとまり木

 車窓から見える景色はめまぐるしく変わっていった。  オレンジ色の窓が無造作にいくつも並んでいる街。真っ白い電灯がぽつんぽつんとあるだけの道。  定岡さんが運転する車は、それまで走っていた広い往来からいきなり小路へ入った。  真っ直ぐ進むかと思いきや直前でウインカーを出して曲がる。スピードを上げてみたり、妙に下げたりもしている。かれこれ三十分くらいは、そうやって車を走らせていた。  そのうちキケン運転とかで捕まるんじゃないかと、俺はヒヤヒヤした。けども、運転席にいるヒトは警察官だ。複雑な気持ちにもなる。  その定岡さんは、ハンドルを握ってから一言も発してない。  俺はいま頭がこんがらがっているから、そのほうが助かるといえば助かる。  定岡さんは橘さんのところへ向かっているのかもしれなかった。  目的もなく、やたら走っている感じはある。でも、もしそうなら、少しくらいは橘さんのことを訊いておいたほうがいいかなと思った。  今度は余裕を持ってウインカーを焚き、車は曲がった。そして停車する。  どこかのコンビニの駐車場だった。 「表には絶対に出るなよ」  そう言い残し、定岡さんは車を降りた。すべてのドアロックを確認し、足早にコンビニへ向かう。  そこで俺はようやく、本島さんの言葉を一つ思い出した。「東京」だ。  それと同時に、山岸さんはやっぱり橘さんの上司だと気づいた。  ──警視庁での。 「……」  腹の底で、ふつふつと煮えたぎるものを覚えた。  神崎のことは、たぶんデリケートな部分も含んでいるからさておき、警視庁にいたことぐらい、話してくれててもいいんじゃないかと思う。  イライラして、思わず前のシートを蹴ったとき、定岡さんが戻ってきた。  定岡さんは、買ったものを乱暴に助手席へ置いて、キーを回す。 「……橘さんて、東京の刑事さんだったんですね」  ぼそっと出した。  それでも聞こえたはずなのに、定岡さんは黙ったまま。キーを回す手が、一瞬だけ止まったけど、なにも言わずに車を出した。 「もしかして定岡さんもですか?」 「それは橘が言ったのか?」  逆に訊かれ、俺は言葉に詰まってしまった。けれど、すぐに「いいえ」と返した。 「さっきの……本島さんという刑事さんが言っていたんです」 「……」 「俺がこんなことを訊くのもあれなんですけど、なんで、東京にいた刑事さんが、こんな田舎の警察署に来たんですか?」  言ってしまってから、晴海さんが前に異動について話していたことを俺は思い出した。それまでは違う課にいたけれど、希望して刑事課に移ったという話だ。  もしかすると、橘さんと定岡さんも、なにかの理由で希望して、こっちへ来たのかもしれない。  でも、なんだかしっくりこないのは、東京から地方へは左遷というイメージがあるからだと、少ししてから気づいた。 「ほかになにを言っていた?」 「え?」 「本島だよ」 「ああ……」  俺は息を詰めた。  すると、口の中で呟くように、定岡さんは言った。 「神崎のことか」  俺はどう答えていいかわからず、視線を下げた。  ここでぶちまけてしまえば、俺のほしかった答えは、すべて得られるような気がした。  定岡さんは、橘さんの尊敬する先輩であり、上司でもある。警視庁で一緒だったことも間違いないと思う。橘さんと神崎のことも知り得ているはずだ。  だからこそ、俺が知りたくないことも聞かされそうで怖かった。橘さんのことはなんでも聞きたいけど、あの人の笑顔を奪うような過去は知りたくない。  俺を襲ったのが神崎だと、橘さんは最初の時点でわかっていたはずなんだ。俺を助けたとき、顔を見たと思うから。  それでも俺に言わなかったのは、放火犯で指名手配され、さらに暴漢までしてしまった友だちの存在を知られたくなかったんだ。  神崎はヤクザだ。覚せい剤なんかもやっているかもしれない。  突き詰めて考えれば、俺たちの思う普通の同級生とかじゃなくて、なにか特別な関係があったのかもしれない。 「マスコミが嗅ぎつけてきたんだ」  前後もなく切り出された言葉に、もはや後戻りはできないんだと、俺は拳を握った。 「ヤクザと捜査一課の刑事が仲良く街を歩いていたんだ。格好の特ダネだったろう」
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