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毎日が魔王日和!
さて、ぬっくい布団からオサラバするのは、なかなかに辛いものがあるが、起きなければ俺様の輝かしい暗黒の今日は始まらない。よし、今日はカウントダウン方式で行くか!
俺は腹の中でカウントダウンを始める。カウントがついにラストワンとなった瞬間、腹筋に力を込めて一気に布団を蹴り上げ、今日この良き日の俺様によるありがたい第一声を、城中の臣下たちに聞かせてやろうと口を開いた時だ。
「俺様降臨す……」
「ぐっもーにん! まおー様っ! イャッハーHAHAHAHAHA!!」
臣下の執事が俺の声を遮り、クソ鬱陶しいほどのハイテンションで俺の布団を剥ぎ取った。
「本日も大変素晴らしい世界征服日和でございますよ、まおー様! HAHAHAHAHA!!」
「朝からガタガタやかましいわーッ!」
俺はハイテンション執事──スケルトンの、相当緩い空っぽの頭を蹴り飛ばした。
◇◆◇
うむ。今日の気分は真夏の太陽。太陽と云えば焼けた白い砂浜! 常夏ビーチにはマリンブルーの大海原と、毒々しくケバケバしいハイビスカスだ。
俺はニヤリと笑って、衣装ラックにズラリと並んだシャツから一枚を引っ張り出した。
「ふはははは! さすが俺! 今日の俺様の気分そのものの素晴らしいデザインじゃないか!」
人間の町で大量に仕入れてきたシャツに袖を通し、俺は巨大な姿見の前でピシリと背筋を伸ばす。
マリンブルーの海をバックに真っ赤なハイビスカスが咲き乱れるアロハシャツ! 俺様の赤銅色の肌と相まって、男前度百二十パーセントアップだ!
「いよっ! まおー様! 昨日も一昨日もその前も、寸分違わず全く同じデザインのアロハシャツでございますね! ワタクシめの眼に焼け付くようでございましてですよ! HAHAHAHAHA!!」
「テメェの目はとっくに腐り落ちて空洞だろうがよ! このクソスケルトンが!」
俺は再び、ハイテンション執事の頭を蹴り飛ばした。
「あと、貴様は訂正してお詫びしてハラキリしやがれ! 俺様のアロハは全部意匠が違うんだよ! こっちはここの折り返しの縫い方が違う! こっちのは胸ポケットに縁取りがある! こっちは丈が三ミリ長い!」
「オオーゥ! さすがはまおー様っ! ワタクシめのような素人には全部同じに見えますでございますよ! アイヤッハー!!」
「だからテメェはいちいちガタガタ顎の骨、鳴らすんじゃねぇ! やかましいわっ!」
俺は三度みたび、ハイテンション執事の軽い頭を蹴り飛ばした。
◇◆◇
うぬぅ……。
俺は大理石の大テーブルに広げられた、バカデカい羊皮紙を前に、ボリボリとこめかみを掻く。あ、指が角に引っ掛かって皮剥けた。クソッ!
羊皮紙に羽ペンを投げ付け、俺はイライラしながら頬杖をつく。
だいたい俺はこういう頭を使う仕事が苦手なんだよ。ヘナっちょろい人間どもなんざ、圧倒的腕力をもってして、ガツンとぶっ飛ばしゃ、一発で制圧できるじゃねぇか。
なのにグレゴリーのクソ秘書め、「次に予定される世界征服のための企画書を詳細な資料を添えて提出してください」だと? なんで魔王自らこんな事務だの雑務作業なんざ……。
チッ……ドロシーの奴には俺の退職金、握られてるからな。どんなに忌々しくとも逆らえねぇ。まさか金銀財宝じゃなく、パンで支払われねぇだろうな? あのパン狂いならやりかねねぇ……。
臣下にやらせてもいいんだが、俺のトコの臣下ってーのはアンデットが多いんだよな。あとは脳筋野郎ばっかだ。だから脳ミソ腐ってる奴や、執事のように中身が空っぽの奴、脳ミソの代わりにプロテインが詰まってるんじゃねぇかって奴ばかり。
せっかく俺様自ら文字の読み書きを教えてやったってのに、あいつら、たった一晩で綺麗さっぱり忘れやがった事は記憶に新しい。
くぅっ! もうあいつらにはぜってぇ読み書きなんぞ教えてやらねぇ!
「まおー様! 作業は進んでおられますか! ドロシー様より督促状が届いておりますよ! 『まだ企画書はできませんか? 発酵するのはイースト菌だけで結構です。あなたの腐った頭は必要ございません』との事でございますよ! アウチッ! ドロシー様、言い得て妙でございますね! HAHAHA!」
「だからうるせぇんだよ、テメェは!」
俺は四度よたび、ハイテンション執事のスカスカ頭をぶっ飛ばした。ああもう、ぶっ飛ばした回数を数えるのも面倒くせぇっ!
◇◆◇
企画書遅延を報告しねぇと、またドロシーの嫌味が鬱陶しい。俺はハイテンション執事を城に残し、旧魔王城へとやってきた。
「まぁ……魔王様。企画書をお持ちいただけたのですか?」
ドロシーはエプロン姿で両手にデカイ鉄板を持ち、俺様を出迎える。
「おい、ドロシー。企画書の件だが……」
「少々お待ちを、魔王様」
ドロシーは鉄板を持ったまま、恭しく頭を下げる。だが全身からプンプン臭う慇懃無礼な態度が鼻に突く。
「今からイーフリートの炎で胡桃レーズンベーコンロールパンを焼くところですの。焼き上がるまでお待ちくださいな」
「パンを焼くだぁ!? テメェが催促してきやがったんだろうが! パンと企画書、どっちが大事なんだよ!」
俺は中指をおっ立ててドロシーを睨み付けた。
「そんな汚物よりパンですわ」
ドロシーは冷ややかな眼差しで、迷うこと無く即答しやがった。
◇◆◇
クソッ! クソッ! クソッ!
なんでこうもアッサリと、たかが下級魔族の秘書ごときに適当にあしらわれるんだ? 俺は魔王だぞ! アァッ!?
俺は歯軋りしながらハリセンをグレゴリーの頭に乱打しつつ、ドロシーのパンが焼き上がるのをジリジリ待っていた。
「田中くぅん、頭が痛いよぉ」
「アァッ!? 俺ぁ、テメェの秘書にムカついてんだよ! 臣下の躾のなってなさはヘッドの責任だろうが! 黙って鬱憤晴らさせろ!」
俺はますます力を込めてハリセンを打ち付ける。
「うわぁん、酷いよぉ! ……あっ!」
「ジジィーッ!!」
「お?」
ハリセンを持つ手がうっかり滑り、グレゴリーの肩に乗っていた、魔獣──いや、魔界珍獣のケルベロス君── “君”までがこのクソネズミの名前だ! 俺は決してデレてねぇからな!──をひっぱたく。
「アア? 何こっち睨んでやがるんだよ、クソネズミのくせに」
「田中君酷いよ! ケルベロス君はネズミじゃなくて、血統書付きの魔ハムスターだよ!」
「魔ハムだろうがネズミはネズミじゃねぇか」
「ケルベロス君に謝って! ケルベロス君、すっごい怒ってるよ?」
「ジーッ! ジーッ!」
チビの珍獣のくせに、一丁前に威嚇してやがる。魔王であるこの俺様に対してだ。
「文句あっか、クソネズミ? テメェなんざ一捻りで握り潰してや……」
そこまで言い掛けた時だ。ケルベロス君の奴が歯を剥き出して飛び掛かって来やがった。
「おう! 殺るぐあああぁぁぁッ!?」
勝負は一瞬。俺の視界が真っ赤に染まった。
さらば俺様。魔ハムスターに喉笛噛み千切られて終了。意識はそこで途絶えた。
◇◆◇
目が覚めると、そこは俺様の南国魔王城だった。どうやらグレゴリーの奴か、俺の臣下が重態の俺様を運んできたらしい。
クソッ、今日は酷ぇ目に遭った。なんか昨日も同じような事をしたような気がしねぇでもないが。
まぁいい。今日はこれくらいにしといてやる。いつかあのクソサキュバスと、クソネズミ、捻り潰してやる。
「HAHAHAー! まおー様! お目覚めですか!」
「やかましい! 今から寝るところだ!」
俺は本日……ええと何度目だ? とにかくハイテンション執事のヒビだらけの頭を全力でぶっ飛ばし、布団へと潜り込んだ。
今日はもう疲れた。クソ共の相手なんかしてられねぇ。俺の安眠を邪魔すんな。
さて今日はぐっすり休んで、明日こそあのクソサキュバスとクソネズミを……いや、まずはグレゴリーを潰して下克上が先か?
ああ、なんか考えるのも面倒になった。明日のことは、あした、かんがえりゃいい……。
おれ、さまの、いしきは、とこやみ、の、ねむりへ、おち、て、いった……。
「……クフフ……まおー様。本日もケルベロス君様に圧倒的敗退され、誠に残念でございましたね。しかしお気を付けくださいませ。あと数回、グールの血を輸血されますと、まおー様の脳も体も腐乱が進行し、アンデット化いたします。我らのお仲間になる日も近こうございますよ。おや、もうお休みで? クフフ……よい悪夢を……」
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