-声-

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メグミさん(31歳 仮名)から聞いたお話。 大学進学のため、和歌山から東京へ上京した彼女は八王子に居を構えた。 憧れた都会の光景とは違ったが、それでも少し足を伸ばせば画面越しでしか見る事が出来なかった場所へとその身を運べるので、その心は満たされていた。 卒業後は田舎へ帰らず都内での就職を決めた。 彼女が当時住んでいた1Kのマンションは、家賃も安く駅から徒歩5分と立地も良くて十分に満足できる物件であった。 部屋の中は細長くて少し圧迫感のある作りだったが、一人暮らしなので左程不便も感じておらず、何より4年も暮らして住み慣れていた事もあり引っ越しは検討しなかった。 ほんの少しだけ通勤時間が長いだけだと。 3年ほど経って仕事にもすっかり慣れると、繰り返される単調な毎日は薄皮を剥ぐように彼女精神を削り始めた。 それまで目を逸らし気付かないフリをしていたが、都会暮らしで積もり積もった疲労は彼女の喉元へその手を伸ばしており、聞き苦しい程の溜息をこぼれ落とす数を増やす手助けをした。 そんなある日、出勤前に洗面台で顔を洗っていると「はい」という男性の声と共にタオルが差し出される。 あまりに自然な声の調子に彼女も「ありがとう」と礼を言い、何の疑問も持たずそれを受け取り濡れた顔を拭き始めた。 が、直ぐに(えっ?)と、ありえない事態に狼狽し慌てて部屋の中を確認したが、当然誰かが居る筈もなく呆然と立ち尽くすより他はなかった。 自分を納得させる為に疲労で幻聴が聞こえたのかとも思ったが、手にしていたのは棚の一番下あった物であり、それは田舎を出る時に両親が持たせてくれたタオルであった。 好みの柄でなく自分の美的感覚とも合わないので、しまいっぱなしのまま忘れていた物だった。 「その時は父親の生霊でも現れたんじゃないかと思ったんですけど、同じ日に私のいた部署へ配属されて来た今の主人と声が似てたのは偶然なんですかね?」 そう話しながら、赤ちゃんをあやす彼女の顔はとても幸せそうであった。
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