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-ぬかるみー
エミさん(28歳 仮名)
「別に怖くもないし、わたし的に不思議なだけなんだけど」
彼女は申し訳なさそうに話を始めた。
社会人2年目に一人暮らしをすることになった。
彼女の実家は駅から遠く、徒歩でバス停まで7分そこから30分以上かけて漸く最寄りの駅という環境だったので、駅の近くに住み通勤時間の短縮を測りたかったのだ。
何件かの不動産屋を回り駅から10分の所にある1DKのマンションを見つけた。
希望は5分圏内だったが、数年前に建てられたばかりの真新しい外観と女性専用というその物件は、初めての一人暮らしには最適であったし両親の勧めもあり直ぐに引っ越をした。
家を出たといっても引っ越し先のマンションは実家と同じ町内なので、土地勘も十分にあり、これといった不安のない生活を続けていたのだが。
ある日の夜のこと。
その日は週末という事もあり友人たちと駅の繁華街でカラオケに興じ、帰宅の途についたのは深夜1時を過ぎていた。
喧噪の余韻に浸りながらいつもの道を歩いていると”グンッ”と突然足を取られた。
田んぼにハマって足が抜けない。そんな感覚だった。
勿論足元はアスファルトで舗装されており、そんなはずはない。少し飲みすぎたかなとその時は気にも留めなかった。
が、それからもしばしば、ぬかるみに足を取られるような不思議な現象は起き続けた。
大概は人気のなくなった夜遅い時間であり、現象が起こる場所も決まっていたので、彼女はいつしかそれに慣れてしまい特に気にも留めなくなる。
そうして数か月が過ぎ、その年の年末にまたそれは起こった。
ただこの時は忘年会帰りで飲み過ぎた酒の影響もあったせいか、足を取られたと同時に盛大に転んでしまった。
大怪我こそなかったが両膝を酷く打ち付け、右の膝にいたってはかなりの出血をしてしまう。
小事と言えば小事なのだが、大げさな絆創膏を貼る位には災難ではあった。
現に数週間その痛みに耐える羽目になってしまう。
年が明け正月を祝うために彼女は実家に帰った。
足を引きづる姿を見た家族がその理由を聞くと、皆一様にそそっかしさを笑い、無遠慮にからかった。
ただ一人祖母だけが神妙な顔で「今は面影がないけど私が子供の頃、あの辺りは一面沼地でね。年に何人かは深みにはまって亡くなっていたんだよ」と教えてくれたらしい。
彼女は引っ越すことなく今だそこに住んでいるが、相変わらず足を取られていると半分笑いながら話してくれた。
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