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「自分の結果が知りたかったら、四日後くらいにまた来ると良いよ」
「分かりました」
先生がわざわざ帝都から来たのは研究のためだったのかと合点する。もちろん治療も行っているから、お爺さん先生の引退の時期にちょうど重なった形なのだろう。
いずれにしてもこの片田舎に来て頂けるのはありがたい。席を立って丁寧に礼をすると、「だからいいのにー」と、先生は独特のゆるい笑みを作った。
用事だった採血も終えたので診察室を出る。待合には誰もいなかったが、通りに面した窓を見れば人の往来が多くなっていた。汽車が着いたのだろう。腰高の位置に備え付けられた四角い窓から、足早に歩く人々と木瓜の木の一端が見える。
私は駅舎の存在を思い出し、「そういえば」と後に付いてきた先生を振り返る。
「昨晩駅舎の近くで火事があったんですよね」
「うん。僕もお酒を呷りながら、赤く染まった夜空と、月まで伸びる黒煙を眺めていたよ」
……ええと。
「刑事課の人が動いていると聞いたんです」
「人が亡くなっているからね。――網元の新見さんって、知ってる? そこのお嬢さん」
「……小学校で一緒でした」
学年は三つ下だったか。小学校の卒業以来ほとんど見ていない。実際の歳は十七のはずだが、脳内に思い起こされたのがまだ十つほどの彼女の姿で、余計に胸が詰まる。
あからさまに翳っただろう私の顔を見ても、先生の瞳は凪いだように静かだった。つゆほども変わらない声音で話は続けられる。
「彼女だけじゃないよ。まだ警察は隠しているけど、これまでの火事でも娘さんが亡くなってる。今回で四人目だね」
ふいに窓が軋んで、思わずそちらに目がいった。人の往来は相変わらずせわしない。
「どっちが先だろうね。娘さん方が亡くなったのと、火が回ったのと。亡くなったのが先なら、不審火の正体は鬼火かなー?」
先生の柔らかな声が背筋をなぞり、簡素な待合室を抜けていく。再び風が吹き、窓が哭く。隅に見えていた八重咲きの赤花が一つ、ポタリと地に落ちた。
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