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診療所を出た後、私は竜の家に向かった。半分たいらげたはずの弁当包みが、心なしか重い。会えたら渡そうと思っていたが、この分だと会えないかもしれない。
駅舎に続く通りを来た側に戻り、伊佐木さんと別れた角を曲がる。菫は帰ったら水に挿さないといけない。そんなことをぼんやりと考えながら、踏み固まった路を行く。
伊佐木さんは刑事課の人たちが竜の話をしていたと言った。竜は続く不審火の――娘たちが亡くなっている火事について、何か聞かれるのだろう。
情報提供を求められるくらいならまだいい。だが伊佐木さんの口ぶりからして、竜はこの事件の嫌疑をかけられているのではないだろうか。そう思うと不安で仕方なく、とにかく心配だった。
この港町は小さいながらも、江戸時代には藩主が腰を下ろしていた昔の城下町だ。当時から格式高い商家だった竜の家は、城跡に繋がる大通りに面している。
家とは言っても、この通りからは店構えしか見えない。ひと昔前までは間口の幅によって納める税が決まっていたため、建物が長く横たわるような造りなのだ。
間口が狭く、奥行きが深い。通りを見渡せば、同じような町屋造りの商店が軒を連ねている。ここも人の往来が多く賑やかだ。一軒の格子窓を覗けば、女店主が客に商品の酒を勧めているところだった。
じきに竜の店が見えてくる。青の瓦屋根が鮮やかな木造二階建ての店構えは、どこの店と比較しても立派なもの。入り口には足元まで届く大きな暖簾が掛かっていて、大きく『鈴生屋』と書かれている。
さてどうしたものか。ここまで来たはいいが、自分は客としては不相応なのだ。店の前には立たずに離れたところからしばし眺めていると、同じように店の様子を窺う見知った顔を見つけた。
「晴一」
「沙耶子さんじゃないですか。お疲れ様です」
そう言って制帽を持ち上げ、人懐っこく目を細めるのは晴一。小中と竜の同級だった、彼の友人だ。
「お疲れ様はそちらだろう。勤務中か」
晴一は制服姿だった。紺色の詰襟服、制帽に光る『朝日影』は、彼が警察官だということを示している。竜と一緒に中学校を卒業した彼は巡査教習所に入り、今は町で交通巡査として働いているのだ。
「竜治の話、聞いたんですか」
「ああ。それで来た」
「今、中で刑事課の人間が話をしてるんですよ。俺も気になって来ちゃいました」
そう言って晴一は店先に視線をやる。母親の世代に好評な可愛げのある顔立ちが、今は真剣味を帯びている。「出てきましたね」彼のその言葉に、私は暖簾のれんをくぐり出てくる影をじっと見た。
警官服が出てくるかと思ったが、実際に現れたのは着物の男二人だった。わざとだろうか、特に目立ったところもない。
彼らに次いで竜のお兄さんともう一人、彼と歳近い女性が姿を見せる。女性の方は初めて見たが、お兄さんの奥方か。二人とも質の良い着物に羽織を重ねている。本人たちの立ち居振る舞いも含め、老舗の名に恥じない様相だった。
鈴生屋の店主、併せて鈴生家の当主は竜のお兄さんだ。先代だった竜の父親は彼が中学生のときに亡くなっている。私と竜が出会う前のことだが、代替わりしたことは当時から知っていた。それだけ町では大きな家ということだ。
竜のお兄さんと奥方は店先に立つ着物姿の――おそらく刑事課の巡査二人に頭を下げる。丁寧に、深々と。そうして次に姿勢を正したお兄さんの顔は険しかった。
十八の竜とは歳が離れており、今は三十前後だったはず。だが今はそれ以上の年齢に見え、元々の堅い雰囲気も増している。その辺り、竜と全く似ていない。
「あれは相当ご立腹ですね」
隣の晴一が苦々しく呟く。「余計気まずくなるんじゃないですか」とも。竜は私にお兄さんの話はしない。はたして仲が悪いのか、互いに無関心なのか。私には分からない。
「あれ。やっぱり沙耶子ちゃんも来たんだ」
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