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畑から歩いて五分足らずで海が見える。緩い丘を登った先では松林が海岸線を縁取り、その向こうには貝殻や小石の混じる砂浜が横に横にと広がっている。さらにその先が、深い色合いの海。
いい塩梅あんばいの草わらに竜と並んで座る。私が脚をくつろげると同時に、隣からカフスボタンの付いた腕が伸びてくる。
彼は薄黄の弁当包みをそっと私の太腿にのせると、流れるように腕を引き、自分の弁当を広げ始める。普段と変わらない昼食が始まった。
「ああ、美味しい。沙耶子さんの愛を感じる」
白むすびに片手で食い付くと、竜は嬉しそうに目を細める。
「お前のために握ったことなど一度もないがな」
「でも、二人分なんですよね」
「いいから黙って食べろ」
口をすぼめて視線を逸らすと、ふ、と柔らかく息を漏らす音が耳を掠めた。
「はい、じゃあ俺からも」
そう言って竜は自分の杉製の弁当箱から焼き鮭を一切れ取り出し、私の弁当箱の蓋にのせる。彼のわっぱに入っていたのは焼き鮭がふた切れのみ。私が竜の分も白むすびを作ってきているだろうという考えが明け透けだ。
竜の家では彼の分の弁当は作らないらしい――というより、中学校を出てからというもの、仕事をするでもなく毎日ふらつく彼には作る気がないらしい。だから二人の昼食といえば、私が握ってくる白むすびとその日の漬け物、そして竜が自分で持ってくる焼き鮭、といった組み合わせが常だった。
「いつも嬉しいが、くすねてるんじゃないだろうな」
「なんて人聞きの悪い。うちには余るほどありますから。家の台所でたくさん焼けているのを、少々拝借しているだけです」
「店じゃなくても、家からはくすねてるんじゃないか」
呆れるように眉尻を下げると、竜は「まあまあ」、と笑いながら鮭をつつく。竜の所作は丁寧で、箸の扱いは私の知る誰よりも器用だ。加えて彼の手は傷一つ見当たらない。汚れに触ったことがないように艶やかで、見栄え良く、動作も美しい。
「――悪いな」
脂が美味しそうに焼けた大きな切り身に自分の箸を伸ばす。色味のいい紅鮭の身をほぐす自分の手は水仕事で擦り切れていて、おまけに爪の隙間には取り切れない土がわずかに残っている。悪いな、と思う。
「いえいえ。俺は沙耶子さんと一緒にいたいだけですから」
「……鮭、美味しいな」
「そりゃあ、これで生計立ててますし?」
「誇らしげに言うなよ。手伝わないで毎日ふらふらしてるくせに」
「ああ、愛しの沙耶子さんに言われるとキツイなあ」
そうは言いながら目も口も笑っている。米粒の付いた親指をペロリと舐めると、竜は楽しそうに私の顔を見る。
身綺麗を過ぎた竜。まだこの辺りでは珍しい洋装がさまになるのは、間違いなく彼の育ちが良いからだ。絶えず少年のように笑ってはいるが、ふとした瞬間の表情に、品の良さが滲み出る。
はっとさせられる。
出会ってから三年、毎日のように会いに来る彼の目には私の何が映っているのだろう。自分は来季の食い扶持を守るだけの、泥の付いた田舎娘だ。
私の目に映る彼の姿は現実味がないほど綺麗で、私とは違う世界の光で煌めいている。その自身がもつ眩さのせいで、彼の目に現実の私は見えていないのではないか。そう、たまに心配になるのだった。
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