港町編【1】洋に花やぐ

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 集落に入り、夕日で赤く染まった我が家の戸を開ける。土間と板間からなる簡素な一戸建ての真ん中では、母が囲炉裏(いろり)で夕飯の支度をしていた。根菜の煮えたいい匂いが優しく、空いたお腹を揺り動かす。 「おかえり」 「ただいまー母さん!」  葉太は手に提げていた学帽を戸口脇の壁に掛けると、草履を脱いでバタバタと板間に上がる。着物と同様にくすんだ髪の下から、温かい母の笑顔がこちらを覗く。火にあたっていたからか、母は色味がいい顔で竜にも声をかけた。 「竜治さん、今晩は食べていかれたらどうかしら」 「うーん……では、お邪魔でなければ甘えちゃいます。お母様のつくる夕飯は絶品ですので」  一瞬だけ考える顔をし、竜はへらっと笑う。これまで何度も繰り返したやり取りだから、互いに気を遣っているわけではないと分かる。竜が律儀に頭を下げて家の中に足を入れると、母はもう一人の家族を見るような目で彼を優しく迎え入れた。  しばらくすると父が帰ってきた。上機嫌の父が抱えていたのは、やはり卵持ちの(いわし)と干物がいくつか、それと酒の一升瓶。今日はよほどいい漁だったようで、囲炉裏を囲んだ夕飯が始まってからも饒舌だった。 「竜治くんも一つ、どうだ」  竜に出会った初めは『さん』付け、敬語だった父も今ではすっかり砕けた言葉を遣う。彼が家柄で見られるのを好ましく思っていないと察してから、『鈴生様家の竜治さん』は、うちでは『娘たちに良くしてくれる竜治くん』になった。  とはいえ、いくら距離が縮んだとしてもこれは別問題だ。口に小さくひびが入った徳利(とっくり)を持ち上げた父に、私は目を尖らせる。 「父さん、竜は十八だぞ」 「ああ、そうか。でも――」  ちょっとくらい、と言いたげに私の隣に座る竜を見た父に、竜は軽い調子で、それでも申し訳なさそうに口を開いた。 「沙耶子さんがそう言いますので」  そうして彼が笑えば、父もどこか嬉しそうに愛好を崩した。長年潮風にさらされてできたシワがさらに深くなる。明かりは囲炉裏で燃える炎のみで、薪がパチパチと控え目に音を鳴らす。冬より暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷え込む。橙の火と夕飯に身体を温めながら、五人の時間は和やかに続いた。 「御馳走様(ごちそうさま)でした」  継ぎ接ぎだらけのボロの着物を二重に着こんだ両親に、フロックコート姿の竜は正座に直り、手を合わせた。  家の外まで私と葉太が見送りに出る。外はすっかり暗くなっていた。他の民家から漏れた明かりがポツポツと、町道までの道筋を頼りなく教えている。 「帰り、大丈夫か」  竜の家がある町の中心部まで、早歩きでも二十分はかかる。大漁で家族全員の気持ちが浮ついていたせいか、随分と長居をさせてしまった。「途中まで送ろうか」と言えば、竜はとんでもないという顔で私を見た。 「いくらなんでもそれは。慣れた道ですし、最近はほら、物騒ですから」 「物騒……火事が続いているものな」
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