帝都編【2】開幕、浅草デート

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帝都編【2】開幕、浅草デート

 どの店から漏れたか、流行りの歌謡曲。カンカンと拍子木を打つ、紙芝居の始まる合図。血気盛んな呼び子の客寄せ。それら全てが私の心を浮き立たせ、体の芯を熱くさせた。  帝都きっての興行地、浅草。その盛況ぶりといったら、帝都住まいの私ですら目を回すほどだった。冬、それも平日だというのに人でごった返している。多くは上京のおのぼりさんだろうが、浅草文化にぞっこん(・・・・)な通人もまた多いと聞く。  煉瓦造りの仲見世通りを過ぎて浅草観音に手を合わせた私たちは、ひょうたん池は『中の島』を歩いていた。大池に残る円い島地は東西に橋が掛けられ、ここも観光客や家族客で賑わっている。長椅子で仲睦まじく休んでいる男女もいる。  来るのは老若男女様々だが、皆の視線を追えば辿り着く先は同じ。『十二階』、八角柱の展望塔だ。竜に呼ばれて前を向けば、池の向こう側に赤煉瓦と白塗りの木造からなる高塔が、天を突き上げるようにして建っていた。名所絵葉書と同じ風景がそこにあった。 「晴一に浅草に遊びに行くと言ったら、羨ましがっていましたよ」 「話したのか」 「はい。昨日兄貴と電話した後にちょっとばかし掛けてみました」  月曜の朝に電話を取ってくれる幼馴染がいるというのはいいものだが、そうなると別に懸念が生じた。 「電話先って派出所だったりしないよな」  訝しげに竜を見れば、相手は「それは流石に憚られます」と言って、からからと笑った。この二人ならやりかねないと思ったのだが、杞憂だったらしい。  考えてみれば、予想される電話の内容は職場からはしにくいものだった。  晴一は最初にこっ酷い婚約破棄を経験して以来、何の因果か結婚できないでいた。原因は多岐にわたって、この三年間でもう数え切れないほどになったのだが、「あの町ではもう結婚できそうにない」と嘆く様子は可哀想になる。あの悲嘆っぷりでは間接的に聴かされる電話交換手も気の毒だ。  私たちと違って事件後にも苦労した分、いい人と一緒になって欲しいと思うのだが――。  ちゃぽんっと水面を打つ音とともに、波紋が広がった。日射しが眩しいくらいだから水温も高いのだろうか。人々の雑踏から離れた場所で、静かに睡蓮の葉に潜っていく、魚の暗い影を見た。
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