帝都編【2】開幕、浅草デート

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 螺旋階段の壁に飾られた美人画を眺めながら十二階をのんびりと降りた私たちは、花屋敷の近くの洋食屋に入った。  コートや帽子を預けた後は入り口すぐの席に通され、私はハヤシライスのセットを、竜はビフテキを注文して、いくらか待つ。  昼時で混み合い始めた店内では給士の少年少女が目まぐるしく動いている。白いナプキンやフリルエプロンが、黒い給士服に清潔さを与えている。  店は木造二階建てで、二階に蓄音機を置いているのだろう、輸入のジャズ音楽が夏の海波のように店内を動かした。  大きく備え付いた窓ではステンドグラスの薔薇が冴えた光を放ち、端に掛けられた私の白い毛皮のコート――竜からの贈り物はその赤や薄黄、緑色の淡く透明な輝きをつぶさに映した。  竜はよくこういった店を好む。向かい合った顔を見ると、彼もまた花の光彩に染まったコートを眺めながら、小さく微笑んでいた。  外来文化の薫る昼食でお腹を満たし、向かった先は活動写真館だった。今日のデートのメイン行事だ。  尖塔を擁した白く円い洋風屋根、爽やかな若葉色の外壁。あちこちに活動写真館が建つ中でも、ここは特にモダンで、大きく立派な造りをしている。  張り出されたポスターの前を横切りながら、竜が朗らかな口調で教えてくれた。 「沙耶子さんが貰った切符、最近ここで封切られたばかりの映画ですよ」  油彩絵を印刷したポスターは四枚並んでいて、全てが上映中の映画のものだ。すべて見覚えがある。うち一つのタイトルは、貰った切符に印字されたものと一致していた。  赤い椿の花を背景に、洋装の女が一人立つ。その左下の枠内には同じ女性と青年がいて、女性は青年の腕の中にあった。構図からして、若い男女の恋愛映画と見受けられた。  私の青年はその写実的なポスターを一瞥して、話を続ける。 「そのときに登壇したのも華鳥朱(かちょうあかり)。というか、最近はほとんど彼が弁士をやってるみたいですね。ここの活動写真館は」 「人がすごいな」 「華鳥朱、やたら人気があるんですよ。恋愛映画が得意らしいので、特に女子に」  月刊の映画雑誌を購読する竜はこの辺りに詳しい。仕事先の話題作りにも役立てている様子を見ると、素直にスマートだと感じる。  活動写真館の近くには軒先まで席を設けた飲食店もあって、席に着いたいくつかの集団は昼酒に洒落込んでいた。その盛り上がり様はほとんど宴と言っても差し支えない。  距離があるわけではないが、花屋敷を含めた活動写真館のある界隈は十二階近辺よりも賑わっている。接触に気を付けなければならないほど目抜き通りには人がいた。世間の評判通り、今の浅草行楽の中心はここにあると思われた。
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