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せっかくならば良い席で観たい。そろそろ入場しようかと二人で建物の入り口へ歩いていくと、そこで見知った二人に遭遇した。
「成美! どこに行ったのかしらん!」
「お嬢様、お嬢様。自分はここにおります」
甲高い声を張り上げるのはうちの隣、子吉川家の花江さん。彼女の元に寄らんと人混みをかき分けるのは居候の守谷さんだ。
「勝手に離れないで下さいまし! 女性を一人にするなんてあり得なくてよ。本当に、鶺鴒の君を見習ったらどうなの!」
綺麗に揃った小さく白い歯を剥いて、花江さんは今しがた姿を見せた守谷さんに詰め寄った。守谷さんはたじろぎながら、終始頭を低くして口をはくはくさせている。
竜から聞いた話だと、彼は子吉川家の遠い親戚にあたる家の出で、都内に住む小説家に習うため上京したという。子吉川家には居候として世話になっている分、日々の雑用仕事を請け負っているのではなかったか。
普段からこうなら少し居た堪れないな、と冷や冷やしながら二人を眺めていると、こちらに気付いた花江さんが快活な声を上げた。
「まあ、ごきげんよう。鈴生様ご夫妻も朱を見に?」
「偶然この映画の切符をいただいたから、観に来たんです」
「それは幸運なことでしたわね。彼の登壇する映画はとても人気があるから、休日なんて入れないこともありましてよ」
私の返事に花江さんは自慢げに笑った。追っかけなのか面識があるのか分からないが、人気活動弁士を名前で呼ぶとは恐れ入る。
数日前の記憶だと守谷さんもを華鳥朱を推していたはずだ。ちらりと視線をやると、彼は花江さんの背後で縮こまりながら、困った笑みで相槌を打った。
二人揃って好きな活動弁士を観に来たのだろう――そう考えると仲が良いとも取れそうだ――私は甘く解釈した。
知り合いの近くで鑑賞するのも気を遣うという理由から、場内に入ると二組は半ば暗黙の了解で離れて席を取った。
白のスーツに赤い蝶ネクタイが派手派手しい、陽気なもぎりに始まって、活動写真館の至るところには非日常の趣があった。
透かし切り絵の入ったパンフレット、豪華なシャンデリア、大きな舞台にとっぷりと掛かった深青色の帳が観客の期待感を煽った。後ろを振り返ると、出口付近には大勢の立ち見客がひしめいている。
隣に座る竜が、待ち遠しげに懐中時計を取り出す。指の長い男らしい手に収まるそれはパチッと可愛らしい音で鳴き、開演まで間もなくだと教えてくれた。
――じきに無機質なブザー音が会場の空気を震わせた。
夢の帳が開くとともに、観客が色めき出す。色めいたというのも、声の主はみな女性だったから。活動弁士が姿を現すと、その抑えきれなかった嬌声の数は増す。
私はというと、彼女らとは異なる類の声が漏れた。
「……ああっ」
驚きのような、納得のような。熱い拍手と黄色い声援で迎えられた人物は、古書店街で遭遇した青年。私に切符をくれたのは、華鳥朱その人だったのだ。
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