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「じゃあやっぱり沙耶子さん、あの切符本人から貰ったんですか」
「うん。本屋で偶然一緒になったんだよ」
映画鑑賞の後。昼日中の目抜き通りを往きながら、竜は面白くなさそうにすんっと口をすぼめた。混雑を避けて最後に活動写真館を出た私たちだったが、上映開始から今に至るまで、彼は延々と拗ね続けている。
映画、及び口演自体は見事なものだった。私も竜と一緒に幾度となく活動写真を観てきたが、あのような惹き込まれ方をかつて感じたことはなかった。
活動弁士たる華鳥朱そのものも魅力だ。巧みな話術、十色の声音、抒情的な表情の変化――。しかしながら最も印象的だったのは、魅せたのはあくまで映画であり、そのことを当人も心得ていたことだった。主役は誰なのか、彼ははっきりと分別していた。
誰もが褒めそやす理由がよく分かる。けして顔だけで人気を集めているのではない。
だが、それを一緒に体感したとしても竜は気に食わないらしい。私より竜の方が映画好きで、鑑賞のいろはを知っている。だというのに、華鳥朱の株が自身の中で上がっていくほど、彼にはかえって面白くないようだった。
「もしかして、私じゃなくて自分が切符を貰いたかった……?」
「何を見当違いなこと言ってるんですか。沙耶子さんがああいう男に口説かれたのが嫌だったんですよ」
「別に口説かれたわけじゃないよ」
断じて違う。その逆で本当は失礼を働かれたのだが、それは竜に伝えていない。
「そりゃあ沙耶子さんはお美しいですし、声を掛けられるのも当然だと思います。けれど、相手が。銀幕の俳優より男前って噂は確かにありましたけどね、まさか――」
気持ちを押し出すように竜が手振りを交えて弁じていると、どこからか、威風に満ちた声が響いた。
「ふふん、それは光栄だな。でもそういう言葉は君でなくて、隣の女の子からお聞きしたい」
声の出所を見つけて、目を丸くした。私たちの斜め前方には話題の本人が、江戸桜の幹に寄りかかって得意気な笑みでこちらを見据えていたのだ。
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