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ー無防備すぎて
なぜに、僕はこんなところにいるのだろう。
頭ががんがんする中、明らかに自分の家じゃない天井を見つめ、固く目をつむった。
……なんとなくだけど、この頭痛は二日酔いのせいじゃないかと思う。
その痛みを掻きわけ、記憶をなんとか手繰り寄せる。途中、睡魔と闘いながら。
そうだ。
思い出してきた。たしか、逢坂先生に、すごくおしゃれなバーに連れて行ってもらったんだ。その前は映画を観てて……。
「俺の知り合いのところで飲まないか?」
そうそう。ショッピングモールの和食屋さんで夕ご飯を食べたあと、逢坂先生がそう誘ってきて、飲みに行くことになったんだ。
僕の車はマンションの駐車場に、逢坂先生のは近くのコインパーキングに入れた。そこから、歩いてバーへ行った。
アンティークな黒が印象的なところだった。これぞ「バー」という感じで。
というか、そもそも僕はああいったところへ行ったことがなくて……。
……あれ? たしかその前、逢坂先生とホテルのネオンを見て……ジミーちゃんがどうのこうので……。
頭痛がひどくなってきた。
僕はいい加減起き上がり、辺りを確かめた。グレーの上掛けを半分剥ぐ。
自分の部屋じゃないなら、逢坂先生のところだと思う。僕がベッドを使わせてもらったということは、先生はべつの場所で寝たんだ。
……ならば、いますぐ起きなきゃいけない。先輩を差し置いてベッドを占領してしまったんだ。
しかし、腰が重くて動かない。頭が痛い。
また上掛けへ潜り、僕は寝に入ることにした。その矢先、尿意を催した。
仕方なくベッドを降り、壁づたいにドアへと向かう。開けると、当たり前だけど廊下があって、向かいにもドアが見えた。
とりあえずノブを回してみる。
……うん、トイレだ。
よかったと胸を撫で下ろし、用を足そうとしたとき、下半身の異常に気づいた。僕の口から悲鳴が出る。
自分の家でさえあまり出しっぱにしない、剥き出しの足が二本も見える。
な、なんと! 僕はズボンを穿いてなかったのだ。
着ているトレーナーも、袖がだいぶ余っているし、初めて嗅ぐ匂いもする。
僕は急いで用を足し、さっきの部屋へ戻って自分の服を捜した。
布団の中はもちろん、ベッド下もくまなく見たけど、この部屋にはなかった。
床に座り込み、今度は頭痛を毟り取る勢いで記憶を手繰った。
しかし、どうしても、バーでカルーアミルクを飲んだところで途切れている。
ううう。
い、いますぐ帰りたい……。逢坂先生と顔を合わせるのが怖い。
僕は絶対になにかやらかしたんだ。マンションから放り出されなかったのが不思議なぐらいのことを、きっと。
お酒での失敗はいままでなかった。
というか、一度、親戚の集まりで、テンションが上がりすぎてベロベロになって、周りにたくさん迷惑をかけたから、親からも気をつけるように言われていた。
しかも、この迷惑がなんだったのか、いまだに教えてもらえてない。それぐらい恥ずかしいことをしたんだと、たまに思い出しては反省している。
僕は頭を抱えた。しばらく呆然となっていたけど、とにかく逢坂先生には謝らなきゃいけないと思って、部屋を出た。
カーテンで朝日は遮られ、踏み入った部屋は薄明るい。衣擦れの音もしないから、空気はぴんとなっていた。
スエット姿の逢坂先生は、やっぱりソファーで眠っていた。つやつやな黒革の高そうなやつ。……じゃなくて。起こすのも憚れるくらい熟睡中だった。
ガラスのローテーブルのとなりで僕は正座して、肘掛けに乗っかっている長い足のほうから声をかけた。
遠慮して、細ぉく、小さく。
「……」
思った通り、ぴくりともしなかった。
僕はテーブルへ突っ伏した。頭痛もずっと取れないから、だんだんと考えるのがめんどくさくなって、少し目を閉じた。
意識が遠退く。
どのくらいたったころか。かちんと聞こえた音で目を開けた。頭痛はしっかり残っているけど、自分の置かれた状況をすぐに思い出した。
人の動く気配がする。
僕はぱっと顔を上げ、まずソファーへ目をやった。逢坂先生がいない。
煙草の匂いがした。
鼻をくんくんさせながら視線を動かせば、対面式のキッチンのカウンターのところに逢坂先生はいた。スツールに腰を下ろして煙草を吹かしている。狭いテーブルに灰皿を置いた。
先生の足元まで、僕は四つん這いで進んで、もうこれしかないと土下座をした。
「ほんとにほんとに、すみません」
額を床につけ、なにを吐かれてもいいように、しっかりと心の準備をした。
「土下座はやめろ。べつにいいから」
「すみません」
「だから、いいって」
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