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携帯の画面には芸能ニュースが映っていた。なんとか翼さんという女優と、男性アイドルグループのなんとかさんという人が交際中というウェブ記事だった。「数学教師役の──」という文言もあった。
「アイドル……」
「翼って、やっぱ女にもいる名前なんだな」
「というか、僕ってなんなんですかね」
肩を落とし、画面に向かってぽつりと呟く。
「なんなんですかって、天然カワイコちゃんだろ」
「天然は……この際認めますが、カワイコちゃんはやめてください」
どうしようもなさすぎる自分に打ちひしがれていたら、逢坂先生にまた腕を持たれた。ぐいと引っ張られる。
「解決したんなら、そろそろ帰るぞ」
逢坂先生は、先に僕を準備室から出して、電気を消した。
となりの音楽室へ目をやれば、開きっぱなしのドアから煌々とした明かりがもれている。僕は慌てて消灯をしドアを閉める。鍵をかけていると、逢坂先生が懐中電灯で手元を照らしてくれた。
「逢坂先生!」
「あ? なんだ、また」
「懐中電灯持ってる」
「そりゃあ持ってくるよ。当然だろ」
「けど、さっき貸してくれなかったじゃないですか」
「貸す前にお前が飛び出してったんだろうが」
準備室の戸締まりもしながら、僕は口惜しいを表す地団駄をふんだ。
「なにそれ。まじスペック高ぇんだけど」
「それもなんなんですか。こないだから」
「いい仕様してんなってことだよ」
それは褒められているのか、けなされているのか、バカににされているのか。
いや、褒められてはいないな。たぶん。車と一緒にされているんだから。
逢坂先生の少し後ろを歩きながら、そういえばと、僕は思い出したことがあった。
「ところで先生は、こんな時間までなにされてたんですか」
「うん?」と返したあと、逢坂先生は珍しく口ごもった。
僕もいつになくピンときた。
「もしかして、いまのいままで保健室で寝てたとか」
「……ああ。まあ、そんなとこだ」
「だめじゃないですか、こんな時間まで。夜、寝れなくなっちゃいますよ」
「は?」
「え?」
すると逢坂先生は小さく吹き出し、「さすがの高性能」と言った。
やっぱりバカにされている。
唇を尖らせていたら、頭をぽんぽん叩かれた。
「週末、空けとけよ」
「え?」
「家飲みなら自制しないで飲めるだろ」
「……」
「飲んで腹割って、もっといろんな話がしたい」
逢坂先生が目を細め、僕の頭を撫でくりまわす。
僕は歩くスピードを緩め、左手がゆっくりと離れていくのを目で追った。
逢坂先生は手を揉んでいる。僕の髪の感触でも確かめているんだろうか。
どきどきが止まらなかった。この年になって、頭を撫でられることに嬉しさを覚えるとは、思ってもみなかった。
撫でられたところを何度もさすり、僕もその感触を噛みしめた。
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