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ーけじめは曖昧で
逢坂先生の「週末空けとけよ」の言葉に思わず頷いた僕だったけど、この週末は大事な予定が入ってたことに家へ帰ってから気づいた。
月曜日の文化の日に、県民ホールで吹奏楽の合同定期演奏会があるのだ。土曜は午後から、日曜は朝から晩まで練習となっている。
次の日、木曜日の昼休み。朝はバタバタしてお弁当を作り損ねた僕は、コンビニへ行こうと財布を持ったところで、職員室へ戻ってきた逢坂先生と根津先生と鉢合わせた。
お疲れさまですと声をかけると、先に入ってきた逢坂先生は足を止めず、それでも手を上げて応えてくれる。後ろの根津先生もにっこり笑顔で、こちらは足を止めた。
「おつー、翼ちゃん。おっ」
根津先生は僕の財布へと視線を落とす。
「外行くの?」
「はい。コンビニへ」
「なんだ。ちょうどいいじゃん」
それから、デスクについた逢坂先生を見やった。
「な。翼ちゃんも一緒でいいだろ?」
なんの話かと僕は首を傾げた。
根津先生と入れ替わるようにしてデスクを離れた逢坂先生はきょうはジーンズを穿いている。その後ろのポケットに財布をしまう。
「敦士とさ、外へメシ食いに行くかって話してた。お前も行く?」
「そそ。つぐちゃんの奢りよ~」
根津先生も財布を手にして戻ってきた。
「だれが奢るなんつったよ。とくにお前」
「えーケチ。いいよーだ。翼ちゃんは俺が奢ったげるね」
逢坂先生には睨みを利かせ、僕にはにっこりとしてみせている。
僕は、いえいえと手を振った。
「お供しますけど、奢られるのは悪いので大丈夫です」
どうやら近くの定食屋さんへ行こうとしているらしい。学校から五分くらいのところにあるお店へ、逢坂先生の運転する車で向かった。
僕は初めて行くお店だ。
お昼時だから結構な人がいたけど、席へは待たずに着けた。すぐさまトレイを手にし、おかずの並んでいるカウンターへ向かう。
なんとか逢坂先生のとなりへ滑り込み、僕は週末の話を出した。
それに逢坂先生はあっさりと返す。
「なら、来週でもいいけど」
あまりに早い切り返しで、ちょっと温度差みたいなのを感じた。
僕は鯖の味噌煮をトレイへ乗せ、となりを見上げた。
「……週末空けとけって、べつに、今週ってわけでもなかったんですね」
「いや、俺も今週のつもりでいたけど、用事があるんなら無理しなくてもいいってこと」
逢坂先生の前が詰まっているのか、ちょうどよく足踏み状態になっている。
それを見越して、僕は「うーん」と唸った。
「なんだ」
「あの、金曜の夜じゃだめですか?」
「金曜……って、あしたかよ。お前、部活あるだろ」
「終わったら即行で伺います」
「だから無理すんなよ。俺も家も逃げやしねえから」
列が進み始める。サラダや温泉卵を乗せたら、おかずの切れ目がやってきた。
僕は焦ってしまい、つい結論を口にした。
「あしたがいいんです」
しまったと思った。お邪魔する身でがつがついきすぎたと首を下げる。
先生にだって都合というものがある。全部が全部、僕のためにと空けているわけでもない。
だれかとどこかへ行く約束があるのかもしれない。……デートとか。デートとか、デートとか。
僕は首をぶんぶんと振って、もうちょっと食い下がることにした。
「来週もどうなるかわからないんで、あしたは確実かなと思ったんです。……予定ありました?」
「わかった」
「え?」
「あした、な」
ぼくは嬉しくて、思わず勢いよく返事をしてしまった。周囲を確認する逢坂先生の目線で、その声が非常に大きかったんだと気づく。
僕は小さくなっていたら、後ろからぶつかられてしまった。その弾みで逢坂先生に体当たりをかまし、すみませんと謝るついでにもっと前へ目をやれば、ずいぶんとあいだが空いていた。
「先生。前いないです。早くしないと。……後ろが」
「あ? ……ああ」
ご飯とお味噌汁もトレイへ乗せ、最後に会計を済ませる。
根津先生はカウンターへ最初に並んでいたから、もう席についている。僕と逢坂先生はその向かいに肩を並べて腰を下ろした。
根津先生はご飯に箸もつけず、なにやらにやにやしていた。僕たちへ交互に視線をやり、一段と口角を上げた。
「なになに。二人してなんか怪しいねえ。ずっとこしょこしょ話してたでしょ」
「え、……ええ?」
み、見られていた……。
というか、内緒にする必要もないことなのに、なぜかこしょこしょしてしまっていた。
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