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2.
焼き菓子の送り主より先に、柴本の仕事について話をしよう。
柴本光義は便利屋だ。法律に違反しない範囲で、人々の頼みごとを引き受けては解決してゆく。
買い物や家事の代行あるいは庭仕事。独居老人の生存確認を兼ねた話し相手、ついでに身の回りの手伝い。
逃げ出したペットを捜していたかと思えば、ライフル片手に害獣駆除に繰り出すこともある。
忙しないながら、端から見ると自由で刺激に満ちているような日々は、朝起きて家と勤務先を往復し、土日の休みには特に何もせず時間が過ぎるばかりのわたしとは大違いだ。
ルームシェアを始めて半年あまり。
最初は興味本位にあれこれ質問していたわたしに『誰にも言うんじゃねーぞ』と前置きしてから、彼なりに慎重に言葉を選んで話していた。それが今では、聞いてもいないうちから向こうの方から色々と報告してくれる。
そんなわけで、最近の柴本がどんな仕事をしているのかは、大体把握しているつもりだ。
地域密着型のスーパー、イノカミマートは、生鮮食品の質や品揃え、お総菜の美味しさから、昔から地域住民に愛され続けてきた。
わたしもよく利用していて、今用意している料理の材料の一部もそこで買ってきた。
ところが、この店で、最近万引きが増え始めたという。
万引き自体は以前から時折起きていたようだが、ここ数ヶ月のうちに軒数も被害額も大幅に増えたらしい。対策を練ろうにも経営規模の小さい店で、大手の警備会社への依頼は金銭面で厳しかったようだ。
そこで、フリーの便利屋である柴本に白羽の矢が立ったと聞いている。どうやらイノカミマート逆泉店の店長である井上とは知り合い――先輩の友達の元カノのはとこの旦那の兄貴くらい――らしい。
わたしと柴本が暮らす淡海県河都市は、人口百万人規模の政令指定都市である。けれども都会に見えるのは街のごく中心部だけで、少し外れると森や田畑ばかりの長閑な景色になる。この家やイノカミマート逆泉店のある古森区逆泉町もまた、その例に漏れない。
人間関係だって、良くも悪くも田舎的だ。
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