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  もう少しだけ――早ければ/遅ければ/多ければ/少なければ――何かが違っていれば、もしかしたら。    世の中のありとあらゆる物事には、何かにつけて『ずれ』が生じる。  その『ずれ』が蓄積した結果、予期せぬ幸運や不運が訪れるのだろう。わたしの実感では、不運の方が多いように思うのだけど。    わたしとわたしの家族だった人たち――父と母それにきょうだい達もまた、もう少しだけ何かが違ってさえいれば、もしかしたら、いがみ合わず愛し合っていたのだろうかと、つい考えてしまう。    (ほころ)びのはじまりは一体どこだったのか。 『過ぎたことを悔やんでもどうしようもねーだろ』 同居人の言葉を思い出し、ネガティブな考えを打ち消す。 **********    ガスコンロにかけた土鍋がくつくつと煮える。中華風の白菜と肉団子の鍋だ。  朝夕はすっかり冷え込むようになった11月の第3日曜。そんな日の夕飯にはうってつけだろう。    同居人である柴本が帰ってきたのは、今まさに鍋が煮え上がろうとしている、絶妙なタイミングのときだった。  自営業で決まった休日のない柴本に代わり、わたしが休日に夕飯を用意するのは既に習慣になりつつある。   「たっだいまー!」  底抜けに陽気な声の直後、ドアが閉まる音。どたどた(やかま)しい足音が近づいてくる。  陸上防衛隊の特殊部隊に籍を置いていた噂が流れているのが、信じられないガサツさ。防衛官だったのは本当だろうけれど、特殊部隊とかは噂に尾鰭が付いただけだと思う。本人は昔のことをあまり語らないので分からないが。   「あー、腹減ったー! お、何だこれ? 食っていい?」  鍋の火を弱めて振り向く私の視線の先には、赤茶の毛並みに三角耳の犬獣人――彼ら自身は犬狼族(けんろうぞく)と称している――の姿。身長はわたしより低い162センチ、体重はわたしより重たい78kgだ。  その丸っこい目は、テーブルの上に置かれた菓子折を目ざとく見つけたらしい。 「つーかこれ、駅前のプティ・シャトーのじゃん! 高ぇんだよな!」
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