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鉄紺の中に浮かび上がる白いコートは、振り返ることなく遠ざかって行く。
「好きだよ」
こんな小さな声が届くわけもない。
もう少しだけ勇気があれば、ドラマみたいにここから大声で叫べるのだろうか。
「ずっと好きだったよ」
過去形にしたら、彼女の姿が滲んだ。
冷たい風が吹いてきて、伸びすぎた髪が目に入った。
彼女の作るオムライスは僕にはちょっと甘くって、卵だって本当は半熟じゃない方が好みなんだけど、だけど、だけど僕は——。
僕と彼女の関係にも、何かが足りなくて、何かが多かったらしい。
だとしても結局、僕なんかとは別れて正解なんだろう。
オムライスのハートが消えたことにさえ気がつかない、彼女が決めた別れを碌に抗いもせず受け入れることしかできない、走って追いかけて、行くなよ、なんて言いながら抱きしめることだって絶対にできない、そんな僕なんかとは。
遠ざかって行く背中を、もう少しだけここで見送ることにした。
鉄紺の中の白は霞んできたけれど、もう少しだけ。
END
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