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一度意識すると、なんでこんなにも目に留まるようになるんだろう。
それは、ピアスのことを考えた後にすれ違う人の耳元を見てしまうのと同じくらい自然なことで、でも、やっぱり少し不思議な気持ちがする。
廊下を歩く目高を、休み時間に何度か見かけた。
みんなが友人と歩幅を合わせながら、次の教室へと意識を向けながら歩いている中で、彼は今という感覚を踏みしめるように一歩一歩ゆっくりと歩いていた。
それは、いつだったかテレビで見た、大きな甲羅を背負ったカメが大地を踏みしめて歩く姿と似ている気がした。
目高は私に気づくと立ち止まり、小さく微笑み、ふたたび歩き始める。
目高は、今ここにいる誰よりも、自分のペースをきちんと大切にしている。
誰かに合わせることもなく、誰かを無理に巻き込むこともなく、自分のペースで歩いている。
私はその様子を静かに見守っていた。
たぶん、引き込まれるとか、見惚れるという方が近い。
目高はずっしりとした生命力みたいなものを放っていて、周りが彼を目に留めていないのも、今まで自分が彼の存在を意識していなかったのも不思議なくらいだった。
いつの間にか遠くにいても目高を見つけ出す能力が身についてしまったようで、放課後、学校裏の河原でしゃがみこんでいる彼を見つけた。
土手を歩いていた私は一番近い階段を探して駆け下りた。
「なにしてるの?」
目高は顔を上げ、
「カメの散歩」
と優しい声で当たり前のように言った。
しゃがみこんでいる目高の足元には平らな表面の大きな石があって、カメはその石の上で手足を大きく伸ばしゆったりと歩いている。
カメも犬みたいに散歩が必要なんだろうか。
たしかに水槽の中だけでは窮屈で、運動不足になるのかもしれない。
「生物部の先輩たちがここから連れてきたんだって。いつかここに返してあげたくて、今は慣らし散歩中」
「へー。だったら、もっと川に近いところで散歩させた方がいいんじゃない?」
「ごつごつした石が多くて、すぐに足を止めちゃうんだ」
少し先の川辺を見渡した。
大きくも小さくもない中途半端なサイズの石が転がっていて、この小さなカメには歩き辛そうだ。
「私に任せて!」
私はしゃがみ込み、カメをのせたまま、足元の大きな石をぐっと持ち上げた。
石は想像以上にずっしりと重いけれど、運べないほどではない。私は一歩一歩、前へと足を踏み出して、カメをのせた大きな石を運ぶ。
「古谷さんって意外と力持ちだね」
男子にそう言われたら嫌な気持ちになりそうなのに、なんだろう。ちっとも嫌じゃない。
「剣道部だったからね」
と言いながら、私はずっしりと重い石を水辺に下ろした。
「え、かっこいい」
彼は驚きながら言う。
「今はやってないけど」
私はその場にしゃがみ込んだ。
「なんで?」
彼は隣にしゃがみ込んで、きょとんとした目をこちらに向ける。
その澄んだ目から逃げるように石の上に視線を移すと、カメも首を伸ばして私を見ていた。
「冬の大会で試合中にアキレス腱切っちゃってさ。踏み込んだときにバチンって」
「大丈夫?」
目高は心配そうに私の足元を見つめる。
「あ、うん。最初は松葉杖ついていたけど、大きな石を持って歩けるくらいには回復した」
私は笑った。
「剣道もできなくはないけど、なんか怖くなっちゃってさ」
「怖い? まだ痛む?」
「いや、怖いのは、足を痛めることじゃなくて……」
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