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ウサギとカメ
侑李は昔から、亀みたいなやつだった。
幼い頃から何をするのも遅くて、侑李がやっと一つのことを終える頃にはみんなはもう次のことを始めている。
体が弱く、みんなと同じように走ったり、遊んだりできない。はしゃいだ翌日には数日寝込むこともあった。
一方、俺は俺で我が道を行くタイプの子供で、おそらく保育園の中でも浮いていた。
興味のないことには頑なに手をつけないし、得意な運動は夢中になってやるけれど、周りのペースに合わせたりはしない。
性格もペースも全然違うけれど、俺と侑李は一緒にいることが多かった。
それは、優兄の影響が大きかったように思う。
侑李には、優弥という五つ歳が離れた兄がいた。
優兄は侑李をとても溺愛していたし、俺のことも本当の弟みたいに可愛がってくれた。
俺の知る限り誰よりもサッカーが上手くて、よくこの土手で侑李と俺にサッカーを教えてくれた。
侑李が疲れてしまわないように、でも仲間外れにはならないように、優兄はちょうどよいバランスでパスを回す。
三人でパスを繋ぐ、繋げる。
優兄がニッと八重歯を見せてやんちゃに笑う。侑李が楽しそうに微笑む。つられて俺も笑う。
いつまでも続いていくように優しく、ゆるやかに、少しだけ弾んでボールは繋がる。
優兄は中学生になっても部活の仲間を連れて俺たちと遊んでくれた。
学校帰りに土手を歩く俺たちを見つけると、下から声をかけてくれる。
やんちゃだけど面倒見がよくて、自然と人を引き寄せる。制服を着た優兄はどこか大人っぽくて緊張するけど、ニッと笑った時に見える八重歯が変わらなくて安心した。
中学生たちに混じって負けん気でボールを奪おうとする俺と、それを石の上に座ってにこにこと見守る侑李。
「和馬と侑李は、ウサギとカメみたいだな」
優兄は俺と侑李を交互に見てそう言った。
ウサギって、最後は負けるじゃん。と偏屈な俺は思った。
優兄が高校生——つまりは、俺が小学校高学年になった頃、何をするにも人一倍遅い侑李にイライラとした感情を抱くようになっていた。
何でこんなに簡単にできることに時間がかかるんだろう。なんで侑李が終わるのを待っていなければならないんだろう。
一緒にいたら、自分まで周りに置いていかれる気がする。
俺は、周りに流されるように足が早い奴やサッカーが上手い奴、クラスで人気がある奴とばかり連むようになった。
侑李は、重荷を降ろすように離れていった俺を責めることはなかった。
休み時間、席に座って窓の外を穏やかな表情で眺めている。目が合うと、優しく微笑んでみせる。
その度にイライラする。少しも変わらないあいつに。
俺は、先に変わっていくんだ——。
けれど、気づいていないのは俺の方だった。
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