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前を歩く二人の後ろ姿を見ながら、俺はそんな風に優兄と侑李と過ごした日々を思い出していた。
「目高、カメ吉ってそろそろ冬眠する?」
「うん。あと、一ヶ月もしたら冬眠するよ」
「えー。なんか寂しいな。でも、羨ましくもあるね」
頭の高い位置で止めたポニーテールが揺れる。
「ね、羨ましくない?」
古谷は振り返り、俺に話を振る。
二年の終わりに松葉杖をついて歩く古谷を見たことがあった。
イライラした表情を浮かべながらも勢いだけで前に突き進む。
周りが手伝おうとしても、「大丈夫、大丈夫!」と頑なに手を借りようとしない。
頑固なやつ。そんな風に思っていた。
侑李と一緒にいるのを見かけるようになったのは、三年になったばかりの春先だった。
昇降口のカメの世話をしているらしく、理科室や河原で一緒にいるのを見かけた。
しばらく一緒にいるのを見なくなったと思ったら、剣道部に戻ったらしかった。
剣道部は夏の大会で県大会へと進んだ。
それを嬉しそうに目高に報告しているときに俺は偶然その場に居合わせた。
「サッカー部も次勝てば県大会なんだってね。
目高と応援に行くから!」
頼んでもないし、なんなんだよこいつ。
そう思ったけれど、試合当日、スタンドから「一条、がんばれー!」「カズマー!」と叫ぶ二人の声は、時折、俺の足をふっと軽くさせた。
部活を引退すると、古谷はふたたび侑李と一緒にカメの世話をすることが多くなり、そのまま自然と三人で帰るようになった。
古谷は体育の教師のモノマネとか、あの鳥はメスかオスかとか、炭酸水は何で出来ているかとか、アホみたいな話をする。
アホっぽいけど、なんか飽きない。
「だって、冬って寒いじゃん。寝てたいじゃん。殻に閉じこもる時期だって必要じゃん?」
「古谷さん、カメは殻じゃなくて、甲羅に閉じこもるんだよ」
侑李は澄んだ目でつっこむ。
古谷は「あはははっ」と声を出して笑う。侑李も楽しそうに微笑む。俺はつられて笑う。
案外、俺はこの三人でいるのは嫌いじゃない。
「そういえば、もうすぐ持久走大会だね」
「僕、一度も最後まで走り切れたことないんだよね」
「いいじゃん、何時間かかっても。自分のペースで走るのが持久走でしょ」
なかなか良いこと言うじゃん。俺は視線を二人に向ける。
「うん」
目高は嬉しそうに微笑む。
「何時間でも待つよ。目高が走り切りたいなら」
俺だってそうだよ。
一緒のペースで走ろうなんて言わない。
ただ、お前の名前を呼ぶ。侑李がそうしてくれたみたいに。
秋が深まっていくのを感じさせる冷たい風が吹き、侑李の耳元に黒いピアスがちらっと見えた。
きっとこのピアスは侑李にとってカメの甲羅みたいなものなんだと思う。
侑李がこれからも自分のペースで歩いていけますように。
心の中でそう願った。
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