58人が本棚に入れています
本棚に追加
居酒屋“くのん”。俺にしては、そこそこ長いこと勤めていた勤務先だ。確か三年くらい、だろうか。そこで働いていた、フェイトレスの五月ちゃんに、俺は片思いをしていたのだった。俺みたいなヤンキー上がりで目つきも悪けりゃガタイも無駄にいい男など、大人しい五月ちゃんには似合わない。だから、想いは一生告げることなく、墓場まで持っていくつもりでいた。
しかし、自分の記憶ではそう――ついさっきのこと。
いつものようにバイトをしていた俺は、五月ちゃんの悲鳴で慌てて厨房を飛び出したのだった。見れば五月ちゃんが、常連のオッサンにめっちゃ絡まれているではないか。
『なんだよ、少しくらいいいだろ。五月ちゃんだってさぁ、揉まれたくてそんなおっぱいデカくしてんだろぉ?』
『お、お願いします!やめてください!』
『乳首はこのへん?このへんー?お、お尻も大きいねえ。カワイイ五月ちゃんのお尻の穴はこのへんかなぁ?』
『いやぁっ!』
顔を真っ赤にしたそのオヤジが、完全に酔っ払っているのは明白だった。しかし酔っているから何をしても許されるなんて、そんな馬鹿な話などあるわけがない。ましてや、いくら制服のミニ・スカートを履いているから、胸が大きいからといってなんで触っていいなんて理屈になるのか(揉まれたくて大きくしてるとか、全国の巨乳女子に謝れやゴラと言いたい)。
見知らぬ女子でも腹立たしいが、よりにもよって相手は大好きな五月ちゃんである。元々短気な俺の堪忍袋の緒はあっさりとぶっちぎれた。そして。
『何してんだ、こんのエロオヤジがぁぁぁぁ!』
『げっふぉっ!?』
まあ、もうそこから先はお察しだろう。元ヤンキー高校の番長の怪力パンチで、男は思い切り鼻血を吹いてぶっとんでいった。
その男が常連かつ、クレーマーだったのがまずかったのだろう。ついでに、男がぶつかって店の自動ドアの硝子に罅を入れてしまったことも。
俺は三年勤めた店をクビになった。五月ちゃんには何度も謝られたし、俺は彼女を守れたのでその選択を後悔してはいないのだが――まあ、明日からの食い扶持かなくなったわけで。これでもう、五月ちゃんに会うこともできなくなったわけで。
荒れに荒れて別の店で飲みまくり、駅で電車を待っていたところまでは覚えている。ホームで転んだ、ような気もするが、まさか。
最初のコメントを投稿しよう!