1 304号室

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1 304号室

 恋人である佐伯香苗の住まいは4階建てで4部屋構成の、妙に細長いアパートの3階にある。築15年以上は経っているであろう爆破解体前のような建物で、最上階は天気が荒れて強風が吹き荒れるたび、メトロノームのごとき周期的な揺れを観測するというもっぱらのうわさだった。  彼女は3階の角部屋、305号室にここ数年居ついている(日本ではふつう「4」は縁起が悪いということで避けられる。したがって4部屋構成であっても角部屋は5号室になる)。  お付き合いが長くなるとどうしても、外出する気力も元気もともに失われていくのは避けられないことのようだ。毎回二人でああだこうだと角突き合わせて旅行先をピックアップするものの、いつも計画倒れに終わる。今日も今日とて香苗のアパートで無為な時間が浪費される見通しだった。  ドアのチャイムを押す瞬間、ふと気になって部屋番号を確認してみた。以前に一度だけまちがえておとなりのチャイムを押してしまい、眉間にしわを寄せた格闘技選手みたいな男と相対したことがあったのだ。  304。危なかった。が、おかしい。目の前の部屋はまちがいなく角部屋である。首を傾げながらもままよとボタンを押した。格闘技選手が出てきませんように……。 「早かったね真琴くん」出てきたのは香苗だった。「なにボーっとしてんの。あがって」
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