婚約破棄

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婚約破棄

 君は気持ちを言うのが少し遅かった『もう少しだけ早く』言っていれば、僕の気持ちは変わることなかった。  毎年、春頃になると憂鬱になる……。  それは、 「私たち婚約破棄しましょう」  婚約者のアリスは幼い頃から僕にそう言った。  子供の頃はアリスが好きで、婚約破棄が嫌で『嫌だよ』と涙ぐんだ。彼女はそんな僕を見て『嘘だよ』と嬉しそうに笑うんだ。  子供の頃はそれでもよかった。  学園に入り僕たちの周りは変わる。アリスは王城での花嫁教育……僕は執務、視察など。しかし君は時間が開くと、僕の執務室に来ては執務の邪魔をした。 「ごめんね、いまは忙しい。後にしてくれるかい?」 「なによ、婚約者が来ているのよ。そんな返し方ってある?」  君には机の上の書類の山が見えないのかい。今日中に終わらせなければいけない書類もある。君も大変だろうけど僕も一杯一杯なんだよ。 「ねぇベイリア様、天気がいいわ。あなたと庭園でお茶がしたいの」  こうなったら、お茶に付き合うまでアリスは帰らないな……。 「……わかった。庭園でお茶をしよう。先に行って待っていて」 「はい、庭園で待っているわね」  嬉しそうに執務を後にする、アリスに溜息しか出ない。 「はぁ……」  近くで苦笑いをする側近に簡単な業務を頼み、アリスとのお茶の後、夜遅くまで執務をする。次の日、また次の日と来るアリスのお陰で眠れない日々が続いた。 「さすがに疲れたな」  僕は年を重ね、執務などの責任が多くなるにつれて悩む。  アリスは花嫁教育にも身に入っていないと教師とメイドに聞いた。僕は彼女を妃として迎えてもいいのだろうか、行く行くは国王と王妃になり、国民を守っていかなくてはならない。  ――腹を括る時が来たのかな。  「父上、母上、相談があります」  手遅れになる前に、僕は進む事にした。  包み隠さず、自分の気持ちを両親に伝えた。  父上は頷き。 「お前はそれでいいのだな」 「はい、気持ちはかたまりました」  話をした翌日から父上は動いてくれた。    時期は三月。  僕たちは王立ナサール学園を卒業して十八歳となった。卒業記念の舞踏会でアリスは『ベイリア殿下、婚約破棄しましょう』と僕に言った。  期待する彼女に、僕は涙ぐむ事もせずに微笑んだ。 「そうかい、婚約破棄を受け入れよう」 「え?」  アリスは瞳を大きくして、なにをそんなに驚いているんだい? 僕は君の望みを叶えてあげてあげたんだ、笑えばいい。 「ま、待って、いまの嘘だから」 「嘘? 嘘ではない、アリス嬢が僕と婚約破棄したいとこの場で言ったんだ、だから僕は承認して婚約は破棄してあげると言った。この婚約は僕がアリス嬢を気に入って、こちらから持ちかけた話だ……僕のことが嫌だったのだろう? いままで引き伸ばしてごめんね。それなりの慰謝料は払う、君の家にも僕から伝えるから安心してくれ」  いきなり舞踏会で始まった王子と婚約者の婚約破棄に、周りは興味津々で見ていた。  アリスは首を振り。 「嫌、嫌々、嫌よ、私は婚約破棄しないもん……しない!」  君が泣き出しても僕は困る。  君が望んだことだから、気持ちの整理もした。 「アリス嬢、喜んでよ。君が幼な頃かろ願ったことだ」 「嫌よ、婚約破棄なんてしない、したくない。ベイリア様は私を愛しているのでしょう?」 「愛? 愛か……愛してはいたね。だけど、その気持ちは消えてしまったよ。……消すのに時間は掛かったけどね」 「そんな……」 「ほんとうに僕は君のことが好きだった。でも僕は王太子になり執務に他の仕事もある。君に頼りにされたくて頑張ってきた……だけど、君は花嫁教育に身が入らず、ずっと僕に婚約破棄したいと願っていた」 「教育なら、いまから頑張るわ」 「いまからね……もう、遅いよね」  僕の言葉に彼女の表情が涙で崩れていく、それを見て手を伸ばしたくなったけど、グッと堪えてアリスを見つめた。  父上は僕の願いを聞き入れて、既に動き出している。 「ベイリア様、いや、婚約破棄するなんて言わないで!」 「既に契約書、書類などの捺印は終わっている。アリス嬢、子供の頃は遊びて終わったけど僕達は出会って十一年だ。七年もの間、君は同じことばかり、僕がいくら愛を囁いても君には届かなかった……悲しかったけど、もういいんだ」 「いや、私は貴方のお嫁さんになりたい、好きなの」 「僕を好き? お嫁さんなりたい? 無理してそういうこと言わなくていいよ。じゃ、さようならアリス嬢……君のことは愛していたよ」 「いやぁぁぁああ!」  彼女がどんなに止めても、泣いても振り向かない。  もう少しだけ、早く気持ちを言ってくれれば、状況は変わったのにね。  ーー来年、僕は隣国の姫と結婚する。
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